第26話 マクガフからの依頼

 レティシアの工房に医者のマクガフが訪れていた。


 喫茶店の方ではなく、薬屋の方に訪ねて来たのだ。突然の訪問に驚いたレティシアであったが、快く居室に彼を通すと、コーヒーを出した。この部屋は来客を想定した造りになっている訳ではないが、人を迎える場所はここ以外にはないのだ。幸い、部屋も片付いており、レティシアはホッとしていた。薬の取引相手でもあるマクガフにはだらしない印象を持たれたくないところだ。ニャルに言われて、嫌々ながらも掃除と整理整頓を行ったお陰である。レティシアはニャルに感謝した。


「それでお話と言うのは?」


 挨拶もそこそこに、単刀直入に用件を切り出すレティシア。


「実は、この街の領主である、デリオン・ド・フェレール辺境伯のご令嬢の診察をすることになってね。レティシアさんにも同行してもらえないかと思ったのだよ」

「まさか、鎧病がいびょうわずらわれているんですか?」


「いや、幸いなことに鎧病がいびょうではないようだ。なんでも一年程前から体調不良が続いているらしく、日中はずっと臥せっていると言う。原因は不明でお抱えの医者からも匙を投げられ、街中の医者に声がかかっているらしい」

「原因不明の病気ですか……。でも一体何故、あたしに?」


「情けない話だが、私に原因を特定できるとは思えないんだ」


 マクガフの握りしめている両の拳がわずかに震えている。


「薬に精通し、錬金術まで使えるレティシアさんの所見はきっと何かの手がかりになると思うのだよ。それに私は忘れられないんだ。あの日見た、あの神々しい力を」

「あれには、病気を特定できる程の力なんてありませんよ?」


「それでも構わない。恥を忍んでお願いしたい」


 レティシアは考えていた。マクガフは困っている人々を助けようと、いつも一生懸命に街中を駆け回っている。情に厚く、聞くところに寄れば採算を度外視した経営で彼自身の生活も困窮しているらしい。レティシアは、そんな彼の姿勢に好感を持っていた。それに、ニーベルンの領主であるフェレール辺境伯には借りがある。


「分かりました。同行しましょう」

「おお! ありがとうレティシアさん!」


 レティシアの同意が取れたのがそんなに嬉しいのか、マクガフは先程までの沈んだ表情もどこへやら、満面に喜色を湛えている。


「それで訪問はいつなんですか?」

「ああ、三日後だよ。夜の六の鐘が鳴る頃に迎えにくるからよろしく頼みます」


 マクガフはそう言うと深々と頭を下げた。

 嬉しそうに帰って行くマクガフの姿を見ると、レティシアも心が温かくなったような気がした。心なしかマクガフの足取りも軽そうに見えた。

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