第21話 決着

 『未知なる記憶アンノウンブック』の記載を読んで驚きを隠せないレティシア。もし、記述通りに古代神が実在するとすれば、いくら力の欠片と言えども、その力は古代神を根源としたものなのである。一体どれ程の神星力しんせいりょくを秘めているのかと想像してレティシアは戦慄した。


 レティシアが狼男の力の正体を知って衝撃を受けている中、ヨシュアたちの斬り合いは、より苛烈なものとなって続いていた。

 レティシアは、一旦、《神の思い出ロギア・メメント》について考えることを止め、『未知なる記憶アンノウンブック』の能力を消した。心の動揺を落ち着かせ、魔術による援護を優先しようと考えたからだ。


 そしてヨシュアたちから距離を取ると、魔術が使えるように魔力を練り始めた。相手のエネルギーの源が神星力であるならば、魔術は有効打になるはずである。


 ミレーユは両手に小刀を持ち、戦う二人から目を離さぬまま、ぶつぶつと呟いている。精神を統一し、精霊術で自らを強化しつつ乱入の隙を窺っているのだ。

 そこへ、ヴィスタンが建物に入って来てミレーユの傍へと近づいた。そのただならぬ状況を察したのか、彼は右腰に下げていたホルスターを外すと、おもむろに銃を取り出した。彼が発しているのは魔力である。と言うことはその銃は魔導銃だろうとレティシアは推測した。そんな中、戦う二人の距離が開く。


 それを見逃さずにヴィスタインは魔導銃を連射した。彼の魔力が吸い上げられて練り込まれた上、増幅され、魔力弾となって狼男に襲い掛かる。突如として飛来したそれをまともに喰らう狼男。魔力弾は、狼男の胸、腹、脚に穴を穿った。体を覆っていた神星力のお陰でダメージは抑えられたようだが、その顔を苦痛に歪ませている。


天地神命ラギド


 そこへレティシアの魔術が追い打ちをかける。ヴィスタインの放った魔力弾には劣るものの、かなりの速度で狼男に肉迫する。流石に喰らうとマズイと判断したのか、輝く戦斧で叩き斬る狼男。しかし、吹き散らされた魔力の欠片が飛散して、彼の目に突き刺さった。


「グゲエエエエエエエエ!」


 狼男は堪らず目を押さえて絶叫し、大きく後方へと飛ぶ。しかし追撃の手は緩まない。ミレーユの二刀の攻撃が、彼の首筋を斬り裂いた。彼女はレティシアが放った魔術の後ろに着いて接近していたのだ。そこへヨシュアが突撃をかけると、狼男の左腕が空を舞った。


 再び響き渡る苦悶に満ちた絶叫に、すかさずヨシュアが追撃をかける。目、首、胸、腹、脚にダメージを負った上、たった今、左腕を斬り飛ばされたのだ。完全なるチェックメイト。レティシアは勝利を確信した。


 ヨシュアの斬撃が敵の首をはね飛ばす――かと思われた瞬間、その攻撃は戦斧に防がれていた。そして、狼男の回し蹴りがヨシュアとミレーユを捉え、二人は大きく吹っ飛ばされる。


「ミレーユッ!」


 ヴィスタインの悲鳴が辺りに響いた。

 ヨシュアとミレーユは、慌てて起き上がり戦闘体勢を取る。


「嘘ッ!? もう回復したのッ!?」

「タフな野郎だぜ……」


 そこには、体中の傷が回復した狼男の姿があった。斬り飛ばされたばかりの左腕すら再生が始まっている。


「今のは流石に危なかったぜ。やるじゃねェか人間共が」


 レティシアは理解した。《神の思い出ロギア・メメント》の威力は絶大だ。敵を倒すには首を斬り離すか、心臓を破壊するか、とにかく一撃必殺の攻撃が必要だろう。レティシアは、ヨシュアにそれを実行するように指示を出した。


「おいおい。そんな大声で言ったら狙いがバレちまうじゃねぇか……」

「大丈夫、あなたの腕ならやれるわ」

「ったく……。簡単に言ってくれるよな~」


 ヨシュアはそう言いながらも満更でもなさそうな表情をしている。


「ミレーユさんとヴィスタインさんは、ヨシュアのフォローよ。小さなダメージでいいからチクチクと攻撃を続けて」

「分かったわッ!」

「ああ」


 ミレーユの元気の良い声が響く一方、ヴィスタインは無感動な声で返事をする。しかし、行動は迅速だった。すぐさま狼男に狙いを定めて魔導銃を連射する。


 慌てたのは狼男であった。いくら《神の思い出ロギア・メメント》を持つとは言え、四人からの一斉攻撃を凌がなければならないのだ。しかも、四人共が一筋縄ではいかない相手である。更には味方もいない。そして、五人目、いや五匹目が参戦する。レティシアの影の中から何本もの闇の矢が射出されたのだ。もちろん、放ったのはファルである。


 流石の狼男も避けるのが精一杯のようで、その表情には余裕などない。何とか全てを避けきったところに前からヨシュアが、後ろからミレーユが同時に攻撃を仕掛ける。狼男はヨシュアの攻撃の方が自分に対して有効打を与え得ると判断したのだろう。ヨシュアの剣撃を戦斧で受け止めるが、ミレーユの斬撃が狼男の背中を深々と斬り裂く。更に外れたはずの闇の矢がその軌道を変えて再び、狼男に迫る。


「グガガァ! クソがァッ!」


 狼男はがっちりと組み合っていたヨシュアを力ずくで突き飛ばすと、迫り来る闇の矢を薙ぎ払った。しかし、その内の何本かがその体に突き刺さる。

 苦痛に満ちた呻き声を発する狼男に、今度は何発もの魔力弾が飛来した。ヴィスタインの魔導銃による攻撃だ。更にダメージを喰らう狼男に、ミレーユが何かの小さな礫を指で弾き飛ばした。それは見事に狼男に当たるも特に何も起こらずに床に転がる。


「ウオラァァァァァァ!」


 確実にダメージを受けていく狼男だったが、しぶとくもヨシュアに攻勢をかけ続ける。両者の斬り合いは終わらない。二人が再び、超接近戦に入ってしまったため、魔力弾が撃てなくなったヴィスタインが舌打ちをする。ヨシュアを倒しきれないことに業を煮やした狼男は戦斧に神星力しんせいりょくを乗せると、大きく振りかぶって一気に振り抜いた。その一撃は三日月状の光る斬撃となって飛んでいく。それを間一髪で避けるヨシュア。しかし、斬撃が向かう先にはヴィスタインがいた。ヨシュアの陰になって反応が遅れたヴィスタインはその斬撃にまともに喰らうと、建物の壁を突き破って遠くへ吹っ飛ばされてしまう。


「ヴィスタインッ!」


 ミレーユの悲鳴にも近い叫びが建物内に響く。

 何とか体勢を立て直そうとする狼男に、そうはさせじとファルが闇の刃を放つ。


天地神命ラギド


 更にタイミングを合わせて放ったレティシアの魔術が狼男に肉迫した。流石に同時攻撃をかわすことができず、闇の刃が狼男の背中に突き刺さる。

 いくら凄まじい速度で回復するとは言ってもダメージを喰らえば痛いことには変わりない。狼男の表情は苦痛と怒りで歪み、その血走った目で近くにいたヨシュアに襲い掛かる。接近戦になれば、遠距離攻撃を仕掛けるのは難しい。レティシアとファルが見守る中、大振りな戦斧の一撃がヨシュアを襲う。しかし、彼は余裕でそれをかわすと狼男の懐に飛び込んだ。その時、狼男は顔を狂気の笑みに歪めると、長く伸びた鉤爪かぎづめでヨシュアの体を斬り裂いた。





 硬い鎧すら削り取る鉤爪の攻撃に、ヨシュアの体からは大量の鮮血が飛び散り、手にしていた大剣は床に落ちてゴトッと鈍い音を立てた。狼男はその大剣を遠くに蹴り飛ばす。それを見て、マズいと判断したレティシアはすぐに『未知なる記憶』の能力を行使した。


 作成は一瞬――


 ヨシュアの頭上に人の頭程の赤い水球が出現し、重力に従って落ちる。その液体を浴びたヨシュアの傷が見る見るうちに回復していく。


「何ィッ!?」


 目を剥いて、たった今起こった奇跡を愕然とした顔で見つめる狼男。

 レティシアが錬金したのは、体の欠損すらも再生する赤色ポーションだ。

 更に、ミレーユの力強い詠唱が周囲に響いた。


【生命に満ちた種子よ。今こそ芽吹く刻来たれり。木霊よ地精を吸い力を解放せよ。そして彼の者に縛めを……蔦蔓囚縛アイヴァ・バインド


 すると、狼男の足下から太い蔦が芽吹き、その体を伝い絡め取っていく。それはミレーユの精霊術せいれいじゅつであった。彼女が先程放った礫から発芽したのである。

 縛められて体の自由を奪われた狼男に、ファルの闇の矢が再び降り注ぐ。

 ダメージを負い、必死に暴れる狼男。その縛めはそれ程もちそうにない。


「ヨシュアッ! そこにいてッ!」


 身を起こしかけていたヨシュアに向けてレティシアはそう叫ぶと、再び錬金術を発動した。そして出現した。



全てを理解したヨシュアはその大剣を掴むと大きく跳躍し、大上段から一気に振り下ろした。



【全・力・斬りッ!】



 その一撃に狼男は悲鳴を上げることもできずに左右に両断された。

 長かった戦いに終止符が打たれた瞬間であった。

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