家庭菜園物語

コンビニ

第1話 

 俺が生まれる前からいた、黒猫の杏姉さんはじいちゃんの遺影の前で香箱座りで、たまにコクコクと首が動いて、目を細めて眠そうにしている。

 ばあちゃんの時も同じようなことをしていたが、なんか見えてるんですか?

 最後の肉親であったじいちゃんが亡くなって、がらんとした居間を眺める。これから手続きとか忙しくなりそうだなぁ。大学はもう数日休まないと。


「にゃーん」

「どうしたんですか、杏姉さん。気分転換に散歩でも行きますか?」

「にゃーん」


 杏姉さんは家猫だが、完全室内飼いではなかったので外に出るのが大好きだった。でももう22歳で一人で歩くのもままならないので俺と18歳くらいからは俺と一緒に散歩をしている。

 姉さんをお気に入りのクッションが敷かれた籠に入れて、ゆっくりと籠ごと抱き上げる。

 夜は寒くなってきたので、上にはブランケットも掛けてあげる。

 外に出ると、秋から冬の匂いに変わってきている気がする。姉さんも外に出たのがわかったのか、鼻をピクピクと動いている。


「寒くなってきましたね」

「にゃーん」


 姉さんの負担にならないようにゆっくりと歩き、お気に入りだった、小さな神社まで歩みを進める。喪中は行かない方がいいと聞くが何回も通っていた神社だし、神様も許してくれるだろう。

 見慣れた道を姉さんと二人だけで歩いていると改めて色々と考えてしまう。数日前まではじいちゃんも一緒に散歩していたのに、突然眠るように亡くなってしまった。

 姉さんと散歩できるのはあと数ヶ月なのか、数年なのか、年齢的にもいつ亡くなっても大往生という歳ではある。

姉さんまでいなくなってしまったらと考えてしまうと、更に気持ちが落ち込んでしまう。小さい時はばあちゃんもじいちゃんも姉さんもいて当たり前と思っていたけど、年を重ねるごとに当たり前の環境でないと実感し、不安に駆られる。


 ダメだな。やっぱりマイナスの事ばかりを考えてしまう。


 神社に到着後に鳥居を通る前に一礼し、中央を避けて歩く。お賽銭を入れて二礼だけしておく。

 夜なんで神様も寝てるだろうし、ジャラジャラと煩くしない方がいいだろう。

 賽銭箱横のスペースに座らせてもらい、姉さんが入った籠を横に置き、少しボーッとする。

 手が寂しくなってきたので少し、姉さんをモフっていると違和感がある。いつもよりも体が冷たい。

 心臓の鼓動が弱い……いや、ない。


「姉さん! 姉さん!」


 強く揺さぶると、いつもの煩いと言わんばかりの迷惑そうな顔をして、目だけコチラに向けてくる。


「よかった。直ぐに病院に行きましょうね」

「にゃーん」


 姉さんがもういいからと、答えたような気がした。


「そんなこと言わないでください。俺を一人にしないでよ」


 また姉さんが目を瞑ってしまう。手に伝わってくる心音は動き始めていたが弱く、更に弱くなっていく。

 普段はお腹に顔を埋めると、やめろと怒ってくるのに怒る気配もない。また怒って欲しいのに、反応することはない。


 −−ジャラジャラと風で揺れたのか、吊るされた鈴が鳴り響く。その音が数秒、数十秒経過しても鳴り止む気配はない。とても煩い。


「面を上げなさい。迷える子、最上悠」


 姉さん、置いていかないでよ。俺を一人にしないでよ。


「面を上げろって言ってるじゃろがぁ!」

「煩いなぁ!」


 顔を上げると、神社の拝殿の扉が開かれ、眩い光を放っている。幼い? 女性の声が聞こえた気がしたんだけど。なんか2回目は凄く乱暴だったような……。

 初回の威厳のありそうな美しい声はどこにいったのか、どこか幼い子供のような声色だ。


「うぉっふおん、迷える子よ。その娘を救いたいですか?」

「幻聴? 幻覚?」

「幻聴でも幻覚ではありませんよ。普段の行いもそこそこ良いですし、ボーッとしたとこはありますが、善人の部類で人よりも動物に心を許す陰キャ気質なとこを評価して声を掛けてあげました」


 あれ? 褒められているのか?


「サイゼ様、台本通りに」

「わかっておるわ!」


 なんかもう一人、別の女性の声がしたんだけど。これは子供の演劇の練習か? それにして大掛かりだし、照明とかの感じではないんだよな。あと神様の名前がお手頃価格でご飯が提供されそうな名前だ。


「うぉっっほん、わ、私は寛大だがあまり不敬なことは考えないように」


 咳払いがすげぇ、なんか怒ってるよ。これ俺の心読まれてる?


「当然じゃ! 神だからのう!」

「そ、そうなんですね。失礼しました」


 賽銭箱の前で土下座して平伏する。本当に神様? 姉さんを助けてくれるのだろうか。いや、これが現実なら助けてくれるんだろう。


「よい! よいぞ! ふははは、面を上げよ」

「はい! それで杏姉さんを助けてくれるんですか?」

「うむ。少し条件はあるが、これにサインをしてくれれば、そのよきモフモフを助けてやろう! リープ、例のものを」


 目の前に規約だったり、注意事項の記載された用紙とペンが出現する。なんか文字が細かいし、やたら長いんだけどこれ。

 最近の神様もクレーム防止のために書面での契約をするのだろうか。

 

「まぁ、契約って大事だしのう。しかしながら本当にそのモフモフの命の灯火が消えてしまえば我にも助けることはできんからな!」


 暗に早くしろってことかよ。どれどれ、猫の命を救う代わりにサイゼ様の管理する異世界に転生だと! 癒しの能力が特典として付与される。異世界での出来事は自己責任と、全部は読みきれないけど要約するとそんなことが記載されている。

 大学に払った学費こそ勿体ないけど、姉さんがいなくなればどのみち家族はもういないし、異世界転生だなんて少し心が惹かれてしまう。男の子だもの。


「わかりました! サインします!」


 用紙の下にあるサイン欄にフルネームで名前を記載すると、手元から用紙が消えてしまう。


「サイゼ様、確認できました」

「うむ。それでは転送開始じゃ!」


■神視点■


 6畳の畳と湯呑みが置かれたちゃぶ台、昭和のようなレトロ感のある狭い部屋に小柄なショートカットの金髪の少女が行儀悪く胡座をかき、横にはスタイルの良い、褐色の肌にポニテールの女性が美しい姿勢で正座をしている。


「ぬはっはっは、上手くいったのう」

「そうですね。しかしながら、お父様に見つかりでもしたら大変なことになると思いますが」

「リープは心配性だのう。偉大な先人が言ったのじゃよ。バレなければ問題はない、ルールは破るためにある、となぁ!」

「石に耳ありとも言いますので」

「ガハハ、石に耳があるはずないであろう!」

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