第2話 ソラトの日常

 僕の住む町・ドラミデ町は志の国の角の方に位置している。

三角錐湖さんかくすいこ」以外特に有名どころはない自然豊かな田舎町だ。

 人口も少なく、若者の多くが「中心球」の方に流出してしまい、過疎化かそかの傾向が顕著けんちょに表れている。

 望んではいないが、僕もその中心球に行くことになりそうだ。


「よくもまあ毎日懲りずに登校できるもんだね。」


 登校中の僕に対しそのような心ない言葉を投げかけてくるのは大体決まっている。

 美しい金髪に整った顔立ち、透き通った青き瞳の美少女、クロハだ。


 彼女とは家が近所ということもあり幼馴染である。

 町でも評判の美少女ではあるが、肝心の性格はというと……、最悪だ。


 田舎の小さな学校ではあるが、彼女は学問においても、運動や武術においても常にトップの成績を誇る天才少女なのだ。

 それ故か人を見下したような態度が多く見受けられ、万年ビリの僕のことなどはさげすむ対象以外の何物でもない。

 昔は一緒に遊んだりもしたが、今ではそのようなことは一切ない。


「今からでも引き返したら? 目障り。」


 彼女はかなり口が悪い。

 このことでよく先生に叱られたりするのだが、全く反省の色を見せず今日に至っている。

 根本的な考えに成績さえよければ何をやっても許されるといったものがあるタイプだ。

 事実、先生たちも彼女の優秀さに目をつむっているのか、彼女の態度についてあまりきつく注意はしない。


「いや、でも、学校の勉強に付いていけなくなっちゃうし……。」

 僕はそんな彼女に対していつも弱腰だ。歯向かったりなんてしたら何されるかわかったもんじゃない。


「はっ、もう付いて来られてないのにな。きっしょ。」

 そう言うと速足で先に学校の方へ向かってしまった。朝から出くわすとは災難だ。



 時刻は8時5分前。僕はぎりぎりドラミデ校の登校時間に間に合った。

 ドラミデ校の生徒は7歳から15歳までの9年間をこの学び舎で過ごす。

 田舎の学校であるため生徒数は少なく、各学年20人程度の一クラスずつしかない。

 16歳になると皆この町を出て都会の方に働きに出るか、進学するかの道を選ぶ。


 僕は今年で9年目になる。そう、ドラミデ校を卒業するのだ。

 進路はというと……、まだ決めていない。


「みんなー、授業を始めますよー。席に着いて下さい。」

 担任の先生が着席を促す。

 クラスの皆が続々と席に着いていく。出席を取り、連絡事項を確認してから授業に移る。


 最初は地理の授業だった。

「皆さんご存じの通り、この世界は8つの立方体がさらに大きな立方体を形成するように並べられており、その大きな立方体を『キューブ』と言います。8つの立方体によって作られたキューブの中心にある球がいわゆる中心球です。」


 既知の事実を先生が述べていく。すでに寝ている生徒もちらほらいる。

「一つ一つの立方体単位で国が形成されているため、キューブ内には未開拓の地である『しろの国』を除いた合計7つの国があります。じょうえんそうゆうあいの7つですね。私たちの住むドラミデ町は、志の国の外側の角の方にあります。三角錐湖は角頂に当たりますので、世界の果ての一つに数えられているわけですね。中心球は7つの国により共同で運営されているため国ではないので注意してくださいね。」


 中心球は若者があこがれる大都市だ。

 7つの国から物資や技術が入ってくるため、必然的に大きく成長した。

 世界の若者たちが、時代の最先端を行く大都会に行きたがるのは無理もない話だろう。


 ところで僕は生物の授業が大好きだ。人体のことについても興味深いと思う。

 しかし、その他の授業への興味は皆無に等しい。それでも予習復習はきちんとやっている。自分でも真面目な方だと思う。

 昨日の数学のテストはどうだっただろうか。


「雨森ソラトくーん。23点。」


 そしてクラス最低点が教室中にさらされる。何ということはない日常だ。

 周りのクラスメイトが笑っているのが分かる。


 僕は友達が少ない。

 親友と呼べる存在はいないだろう。


 一部を除けば、皆に嫌われているというわけではないし、いじめを受けているわけでもない。

 しかし、話しているとなんとなく嫌な顔をされたり、なんとなく見下されたりしているような気がするのだ。


「ソラト、勉強を教えてあげるよ。」


 この日のテスト前に僕の席の前に来た、この前髪ぱっつんおかっぱ頭の男子はススム君と言い、うちのクラスの委員長だ。

 曲がったことが大嫌いで、正しい行いをすることを日頃から心がけているようだ。正義のヒーローにでもなりたいのだろうか。

 だから、テスト前に勉強の苦手な僕の所へ来て教えてあげることは、彼の中で「正義」だったのだろう。

 同情されているようで嫌だった。


「ありがとう。でも、遠慮しとこうかな。」

 そう言って僕は席を立ち、彼から離れた。気の良いやつなのは分かるが、彼は苦手だった。

 情けない自分を突き付けられるようで嫌だった。


「委員長~、そんな奴ほっとけってよ。今さらこいつにお勉強なんて教えたって意味ないって。」

 クロハだ。取り巻き達も一緒だ。


「こいつまたもやクラス最低点叩き出したんだってよ。」

「俺たちだってずっと遊んでるけどここまでひでえ点数は取れねえよな?」

「一生懸命やってこれって、酷すぎるでしょ。」

 ぎゃはははは、とクロハグループが一斉に笑い出す。


「次の時間は体術だから、おなか痛いですって言って休めば?」

 クロハは僕にそう告げる。

 すると彼女たちはおもちゃに飽きたようにどこかに行ってしまった。

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