珍獣インストール

喜納コナユキ

序章・ドラミデの悲劇編

第1話 志の国の少年

 人が生きていくには夢が必要だ。大小関係なく人は何かしら夢を抱くだろう。叶うか否かは別として。


 これはただ小さな夢を叶え、平穏に暮らすはずだった少年の物語。

 それだけに留まるはずだった少年の物語。


 生き物に囲まれて平和に暮らしたい。5歳のころ、僕が初めて抱いた夢だ。

 なんということはない。小さな子供が考えそうなことである。


 動物や昆虫、魚、そして「珍獣ちんじゅう」が大好きだった。

 図鑑などを夢中になって読んだり、虫取りに行き朝から夕方まで帰ってこなかったりなど、どこにでもいる元気な子供だっただろう。さなぎがかえるまで一日中同じ場所にうずくまっていたこともあったらしい。


 大抵の少年は成長とともにそれらへの興味が薄れていき、一流のスポーツ選手になりたい、立派な政治家になりたい、「英雄になりたい」、などの大きな夢を抱く子もいるだろう。

 そうして大人たちから賞賛と応援を貰い、夢に向かってひた走ることになる。


 しかし困ったことに僕の夢はここから変化しなかった。大きな夢を持つことはなく、この小さな夢への憧れだけが僕の中に残っていた。

 ゆえに、大人たちから向けられる視線には厳しいものがあった。


 少年は、大志を抱かなくてはならないのである。


「ワン、ワンワン。」

 コワンが鳴く。我が家のペットの犬である。


「よしよし、まだいっぱいあるからゆっくり食べるんだぞ。のどに詰まらせちゃだめだぞ。」

 この僕、雨森あまもりソラトは学校に行く前にコワンにえさをやり、たわむれることが日課である。

 とてもかわいくいやされる。この時間が永遠に続けばいいのに。


 しかし、時間は残酷にも流れてしまう。学校に行くために準備しなければならない。

「ソラト~、そろそろ準備しないと遅刻するよ~?」

 姉が呼びに来た。彼女、雨森ウミはしっかり者だ。母よりもちゃんとしている。

 このように自分のことだけでなく、僕や弟のリクトのことなども気にかけてくれる。(弟は最近この姉をうっとおしがっているようだが)


「はぁーーー。」

 深く息を吸い込み大きなため息をつく。憂鬱ゆううつだ。学校に行きたくない。


 自慢ではないが、僕は勉強も運動も苦手である。これらの分野で誰かに勝ったことはない。常にビリである。運動の分野でも女子にさえ劣る。劣等感を突き付けられるところには誰だって行きたくないものだろう。


 リビングに行くと、台所で母・佳月かづきが朝ご飯を作っており、父・コスモと弟・リクトがすでに席に着き、朝食を食べているところだった。


「遅かったじゃないか。先、食べてるぞ。」

 新聞を読みながら父が僕に向かって話す。

 全然いいよ、と答える。

 姉は母の手伝いをしていたのだろう、台所へ向かっていった。


「じゃ、俺先出るんで。」

 食べ終わったリクトが、そそくさと家を出ていこうとする。

「あら、お兄ちゃんと一緒には行かないの?」

 母がゆったりとした口調で答える。


「なんでこんな奴と一緒に行かなきゃなんねーんだよ。」


 吐き捨てるようにリクトは言った。この通り、出来損ないの僕は弟に軽蔑けいべつされる存在なのだ。兄として言い返すべきなのだが、リクト本人が優秀であるためあまり何も言えないでいる。


「ちょっとリクト、食べ終わったものくらい片付けなさい!」

 姉がリクトを呼び止めようとしたが、聞く耳を持たずに出ていってしまった。まったく、と肩を落とす。


「良いのよ、母さんが片付けるから。」

 母・佳月は温厚でとてもやさしい人だ。兄弟たちに怒ったのは見たことがなく、出来の悪い僕も怒られたことはない。まあ前に何かしらはあったらしいが……。

 とにかく、ゆったりとしていて温厚でどこか抜けているところはあるが、とても良い母親である。


「母さんがそんなんだから、リクトがあんな自分勝手になるんだよ!」

 姉は少し怒っていた。確かに最近リクトは勝手な行動が多い。反抗期という奴だろうか。僕にはなかったのであまりわからないが……。


「ごちそうさま。俺もそろそろ出るとするよ。」

 父が立ち上がる。リクトとは違い、食べ終わった後の食器を台所まで運ぶと、玄関から外へ出ていった。


 雨森家の大黒柱である雨森コスモは「珍獣医」である。


 珍しい職業であるため人々のニーズも集中する。給料も高いため雨森家はいわゆる裕福な家庭と言えるだろう。


 一度父の仕事現場を見たことがあるが、当時は衝撃を受けたものだ。

 幼かった僕は「珍獣」が存在することを知らなかった。


 僕の目に映ったのは「ツチノコ」を治療する父の姿であった。


 ガラス越しだったのでもっと近くで見たかったが、研究員の人に止められ、しばらくして外に出されてしまった。

 珍獣はその名の通り希少な生物だ。事実僕はあれ以来珍獣を目にしていない。あれから珍獣について図鑑などでもいろいろと調べてみたが、情報は少なく、また珍獣についての生態は未だ多くが謎に包まれた状態でもあるらしい。


 さらにこの世には、珍獣よりもさらにまれな存在「幻獣げんじゅう」なるものもいるらしい。胸の高鳴りが止まらないものだ。

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