20 愛しい人と新しい門出を


「明日にはオルジェン王国へ旅発つのですね……」


 御前試合の日から、五日後の夜。御前試合の日以来、伯爵家を出てエルヴァンが宿泊している宿に身を移したルミナエは、荷造りを終えてほっと息を吐き出した。


 この五日間はばたばたしていてあっという間だった。


 国王の前で悪行を暴露され、ルミナエによって気絶させられたザカッドは、騎士団長の任を解かれたばかりか、騎士の位さえ剥奪はくだつされ、国王の命で一兵卒として北方の国境付近に飛ばされることになったという。


 また、『ドナシオン』の力を使えなくなったばかりか、男としての機能も不全になったらしいが、ザカッドの行く末がどうなろうと、ルミナエにはどうでもいいことだ。


 たとえ野垂れ死にしたところで、いままで受けた仕打ちを思えば、一片も心が痛まないと断言できる。


「わたしは、いまかいまかと首を長くしていましたよ。ようやく、あなたを花嫁として迎える準備を進められるのですから」


 ルミナエのそばに歩み寄ったエルヴァンが、後ろから優しくルミナエを抱きしめる。


 ここ五日間の間にすっかりかぎ慣れた香水の薫りに、喜びがあふれてくる。


「私は、魔術学園に入学することも楽しみですわ」


 エルヴァンに魔術を教えてもらい、『ドナシオン』の力を使えるようになったものの、ルミナエはまだまだ魔術を学ぶ必要がある。そのため、特待生として魔術学園へ特別編入することになっていた。


「魔術でしたら、わたしがいくらでもお教えするというのに……」


 本気で残念そうなエルヴァンの様子に、くすりと笑みをこぼす。


「エルヴァンは新侯爵としての引き継ぎやお仕事がたくさんあってお忙しいでしょう? もちろん、私もできる限り支えますけれど……。何より、私も治癒魔術を使えるようになりたいのです」


 前世で看護師として働いていたのは、誰かの役に立ちたいという気持ちからだった。


 クズ夫の言うままに仕事を辞め、虐げられているうちに、そんな気持ちも忘れてしまっていた。


 腕の中で身体ごと振り返ったルミナエに、エルヴァンが柔らかな笑みを浮かべる。


「あなたは本当に変わられましたね。いっそう輝いて美しくなりました」


 てらいもなく告げられた言葉に、ゆるりとかぶりを振る。


「変われたのは、私だけの力ではありません。あなたがきっかけをくれたから……。本当に愛する人ができたから、変われたんです」


 絶対に、自分ひとりだけでは変われなかった。


「いくら感謝しても、足りません。本当にありがとうございます」


「いいえ、お礼を言うのはわたしですよ。家族を亡くしてから、もう誰とも一定以上に親しくなるまいと心を戒めていたわたしを解き放ってくれたのは、あなたなんですから」


 端整な面輪にとろけるような笑みが浮かぶ。


「愛しています、ルミナエ。あなたと一緒にいられることが、何よりの幸せです」


「私もです、エルヴァン」


 甘い微笑みを交わしあい――。


 未来の侯爵夫妻は、どちらからともなくくちづけた。



                               おわり


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