クズ夫とともに異世界転生してしまったサレ妻ですが、今世こそろくでなし夫の支配から抜け出してみせます! ~虐げられたサレ妻は美青年魔術師の愛で癒やされる~
綾束 乙@8/16呪龍コミック2巻発売!
1 クズ夫と深夜のドライブ
「ったく! 明日は早いってのに、なんでこんな時間に……っ! いくらおふくろが
隣で車を運転する
狭い車内に夫と一緒にいると思うだけで、心臓が不安に
苛立つ夫の拳がいつ自分へ飛んでくるのか、予想がつかない。美奈絵にできるのは、ただ、息をひそめてできるだけ身を小さく縮めることだけだ。
きっかけは、三十分ほど前に勝登のスマホにかかってきた勝登の父親からの電話だった。
夕方、勝登の母親が階段から足をすべらせ、病院に連れていったものの、単なる捻挫だということで家へ帰されたらしい。が、動けないため家事もままならず、困り果てた父親が勝登に泣きついてきたのだ。
『夫の親が困っていたら、助けるのは嫁の務めだろう。しばらくこちらへ貸せ』と。
『ったく、しょーがねぇなあ。いいよ、一日五千円で貸し出すよ。どうせ家にいたって役立たずなんだから、好きなだけこき使ってくれていいぜ』
美奈絵の意思などまったく確認せず、あっさりと父親の頼みに応じた勝登は、通話が終わった瞬間、さっきまでの愛想のよさが嘘のように、美奈絵を睨みつけて吐き捨てた。
『おいっ、とっとと来い! 親父が今すぐ連れてこいって頼むから、仕方なく連れていってやる』
『あ、あの、せめて着替えの準備を……』
おずおずと申し出た瞬間、苛立たしげに殴られた。
『はぁっ!? 何言ってやがる! 親父とおふくろが待ってるんだ。いますぐ出るに決まってるだろ! 着替えなんざあっちで何とかしろ!』
着の身着のまま助手席に押し込められて早三十分。
暖房はついているものの窓の外では雪が吹きすさんでおり、忍び込んだ冷気が容赦なく美奈絵の身体を凍えさせていく。
自分はあたたかそうなダウンコートを着ている勝登は、美奈絵が寒さに震えていることなど気づきもせず、ずっといらいらと運転している。
勝登の不機嫌の原因はわかっている。明日から浮気相手と旅行だと浮かれていたのに、突然、美奈絵としたくもしないドライブをする羽目になったからだ。
だが、美奈絵だってこんなドライブなんて望んでいない。明日からはようやく数日心穏やかな時間が得られると思っていたのに……。
勝登に負けず劣らず高圧的な両親が待ち受ける実家へ連れていかれたら、いったいどんな日々が待っているのか。いまと変わらぬ奴隷のような扱いに違いない。
勝登の実家は県境の峠を越えた向こうだ。夜も更けて峠道を行く車はほとんどないとはいえ、センターラインなどおかまいなしに越えて走る勝登の乱暴な運転は、身が縮むような心地がする。
そういえば、勝登は電話がかかってくる前、晩酌の最中だったはずだ。だが、こんなところでそれを指摘してどうなるのか。口に出せば即座に殴られるのはわかりきっている。
どうしてこんなことに……。
と美奈絵は寒さに震えが止まらない身体に腕を回し、これまで何度も繰り返した後悔を噛みしめる。
三年前、どうして結婚する前にこのクズ男の正体に気づけなかったのか。まだ二十代前半だった自分の愚かさが恨めしい。
勝登が欲しかったのは『妻』ではなく、自分に逆らわず意のままに支配できる奴隷だったのに。それに気づかず、勝登が求めるままに仕事を辞め、専業主婦になり……。
せめて、看護師の仕事を続け、経済的に自立できていれば、離婚する気になれただろうか。
いや、きっと無駄だ。勝登の暴力に屈し、搾取されていたに違いない。手に取るようにわかる。
「ああんっ!? 何だ、その顔は!? ったく、お前の顔を見てるだけでイラついてくるぜ!」
不意に響いた怒鳴り声に、美奈絵はびくりと身を震わせて隣を見る。酒に濁った勝登の目が美奈絵を見据えていた。
「ほんっと、お前の辛気臭い顔を見てるだけでイライラするぜ! 親父のためとはいえ、お前なんかを送らなきゃならないなんてよ……」
苛立たしげにハンドルをきった勝登が、ふと何かに気づいたように言葉を止める。
「おい。ここまでで十分だろ。降りろよ」
「え……?」
一瞬、何を言われたのかわからず、
「もう半分まで来たんだ。ここまで来りゃあ、あとは歩いて行けるだろ?」
「な、何言って……?」
コートもない財布もスマホもない美奈絵を、ろくに街灯もついていない吹雪く山道に置いていこうというのか。
常軌を逸した言葉に、反射的にかすれた声がこぼれ出る。途端、勝登の顔が怒りで赤黒く染まった。
「お前なんかが俺に口答えできると思ってんのか!」
言葉と同時に、拳が飛んでくる。
同時に、雪にタイヤをとられた車が大きくスリップした。
痛みをこらえ、薄く目を開けた美奈絵の視界に飛び込んできたのは、夜の闇の中、ヘッドライトに照らされた舞い踊る雪と、ガードレールだ。
悲鳴を上げる間もなく、身体がばらばらに砕けるような衝撃に襲われ――。
美奈絵の意識は、そこで途切れた。
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