お月様と茨姫

月野 白蝶

お月様と茨姫

 銀色に輝くお月様は、今夜も街を見守っていました。

 人々が寝静まった街は少し退屈で、けれど妙に楽しくて、お月様はご機嫌です。

 鼻唄混じりに街を練り歩くお月様。だけど残念。お月様はちょっと音痴です。



「煩いわね」



 不機嫌な声が下から聞こえ見下ろすと、お城の窓から顔を出しているお姫様がいました。

 綺麗な夕陽のように赤い髪がお月様の灯りで光り、パッチリと大きな瞳は海よりも深い蒼。

 お姫様を見つけたお月様は、にっこり笑って茨姫の近くまで降りていきました。



「これはこれは茨姫、今晩はお加減いかがです?」

「貴方に会うまでは至って元気よ」



 ツンとそっぽを向く茨姫。彼女の棘はいつも鋭くて、近寄ればチクチク刺さります。

 それでもお月様はニッコニコ。

 茨姫の棘もなんのそのです。



「それはそれは、失礼致しました。

 元気を損なってしまったお詫びといってはなんですが、ひとつ魔法をお見せしましょう」



 ぺこりとお辞儀をして、お月様は帽子を高く上げました。




 キラキラ


 キラキラ




 帽子から出てきたのは、たくさんのお星様。

 茨姫は目を大きくしました。

 こんな『魔法』は、お城にいる魔法使いにも見せてもらったことはありません。

 お月様がにっこり笑って帽子を揺らすと、今度はお花がこぼれ落ちてきました。




 赤や黄色、青に白。

 ピンクに水色に紫にオレンジ。




 キラキラ、ヒラヒラ、お星様とお花の洪水です。

 驚いた茨姫の目から、ポロポロ涙がこぼれます。

 首を傾げてお月様、帽子をパタリと降ろしました。



「何故泣いているのです? 茨姫」


「とてもとても寂しいから」



 ワガママ意地っ張りな茨姫。

 トゲトゲだらけな茨姫。




 だけど本当は寂しくて。




 お部屋に来るのは王様お妃様、召し使いに執事だけ。



「誰も、『私』なんて見ていないんだわ」



 顔色伺い、愛想笑い。



『かんしゃく玉の茨姫』



 誰もがそう言い、指をさす。

 悲しげに泣く茨姫に、お月様は優しい笑顔で帽子を振りました。

 帽子の中から出てきたのは、小さなお星様。

 お月様は、そのお星様を茨姫の手に乗せました。

 不思議そうに顔を上げた茨姫の涙を拭きながら、お月様はにっこり笑顔を浮かべます。



「アナタに、ワタシの一番星をプレゼントしましょう」



 お星様はキラキラキラキラ。笑いながら茨姫の周りを回りました。



「優しい優しい茨姫。

 自分の棘が刺さり痛いとアナタが泣くのなら、その痛みをこの子が受け止めましょう。

 自分の棘を誰かに刺してしまって痛いとアナタが泣くのなら、その悲しみすらこの子が受け止めましょう。

 だからどうぞ悲しまないで下さい、茨姫。

 泣かないで下さい、茨姫。

 アナタには笑顔がよく似合います」



 優しく笑うお月様に、茨姫は小さく首を振りました。



「気持ちは嬉しいけど、いらないわ。

 痛みを他人に預けて自分だけ笑っていられるほど、私は愚かな人間にはなりたくはないもの」



 お星様の頭を軽く撫でて、茨姫は言いました。



「自分の痛みは自分だけのモノ。


 ねぇ、そうでしょう?」




 綺麗な茨姫の目に写るのは、お月様の光。

 お月様は、満足げに笑って空気を蹴りました。



「その通り。アナタの痛みはアナタのモノです。


 さぁ、賢く優しい茨姫。ならば次はどうするべきか、アナタならきっと分かるはず。



 ご機嫌よう、茨姫。



 また、いつかの夜にお会いしましょう」



 夜空に消えたお月様を見送り、茨姫は笑顔を浮かべました。

 茨の棘はもう捨てましょう。

 それよりも大切なモノを見過ごしてはいけません。

 時おり残った棘が刺さることもあるかもしれませんが、ソレも受け止めて笑いましょう。





「ご機嫌よう、おせっかいなお月様。


 お休みなさい、よい夢を」












 茨姫とお月様のお話


 続きはまた、別の物語。


 夜が明けきるその前に、筆を置かせていただきます。





 めでたし、めでたし。

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お月様と茨姫 月野 白蝶 @Saiga_Kouren000

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