白き竜の契約者

朗読師

プロローグ

◇零話◇パタッ

 さて、俺は高い高ーい高層ビルの屋上に突っ立っている。片手に缶コーヒー、目の下はどす黒いクマ。

 自殺?しませんがな。黄昏てる?せめてそれはもう少しな思考が出来ている時にするべきだろうな。

 さてさて何しに来たのかというと……。


「はぁ……異世界行きてぇ」


 答えは呟く為に来たのだ!


 黒く、どす黒い、いや漆黒と言うべきか?そんなレベルの企業へ入社して4年目。

 『大手企業に就職してかっわいくて綺麗で、んで低身長な彼女と結婚するぞぉぉぉぉぉ!!』

 ――なんて夢見ていたが、大手企業どころか、好みの女の子と結婚はおろか、付き合う事すら出来ていない。

 年収200万以下、キツめの生活を送り続けて約4年、奨学金返済やら水道光熱費やらの支払い…………正直想像したくない。


「俺の夢は一体どこへ……」


 チャプッ、という缶コーヒーの残量を示すかと思われる音。残りを飲み干せば、また社内に戻ってパソコン開いて仕事をこなしていく。

 カチャカチャカチャカチャカチャカチャ、社内に響く音はそれだけ。あとはなんだろうか?あ、あれだ。

『あと少し……あとすこしで終わる……』

『まだまだ……1ヶ月目から本番……ふへへ』


 社員の成れ果てのような声。これが今どきの会社というものなのか!なんて、最初はそう思った。

 会社に入社して半年程経った頃、家に帰るということはめっきり減った。週に1~2回ぐらいになって、んで4年目の今、帰宅は2ヶ月に1度ぐらい。


「ぁ……飯食ってねぇ」


 幸い、社の1階に、みんな大好きコンビーニ!があるからカップ麺やらインスタント系はほぼ買える。まさに会社が自宅になるという素晴らしい所だな。

 ――なわけない。正直こんな生活はうんざりだ。


「真鍋ぇ!さっさと戻ってこぉぉぉい!!!」


 部長の怒号が聞こえる。

 屋上から斜め下に見える窓の空いた社内、そこが俺の働いている部署だ。まったくうざったらしいったらありゃしない。あと4~5分程度で戻るとしようかねぇ……。

 背伸びをしてから鉄柵にもたれつつ、街を見下ろす。


「はぁ……」


 飲み屋街を見ると、酔っぱらっている40代後半の上司らしき人を、若い社員が介抱しつつタクシーに乗せている様子。また、電気街に目を向けると猫耳メイド姿のこれまたかわいらしい女性たちが客引きをしている。

 てか胸デカいな。


「羨ましいな……」


 大学時代を思い出す。友人と電気街へ行き、ラノベやゲームを漁っていたものだ。いや、ちゃんと勉学にも励んでましたがね?


 ――なんなら、推しのおかげで頑張れたようなもの。もし推しがいなかったら俺はおそらく今よりもドロッとした人生を送っていただろう。

 そう考えたら今はまだ大分マシなのか?まぁ、家に引きこもって親にごちゃごちゃ言われるよりかは良い。

 残ったコーヒーを飲み干し、屋上入り口にある自販機横のゴミ箱に投げ捨てる。


「……戻るか」


 最後に帰宅したのは2ヶ月前、でも身体はピンピンしてる。明らかに俺不健康だろ、少しぐらい体調悪くなっても良いんじゃないか?


 ――いやさすがに悪くなると仕事に支障でるからダメだけど。

 社内に戻り、立ち上げたままだったPCのファイルを開く。


「真鍋ぇ!お前どこで油売ってやがったんだ!さっさと仕事をしやがれ!」


 殴りたい。なんなら、この場に法律という壁が無ければ思い切り殴っている。


「すいません……」


 ペコペコと頭を下げながら、仕事を始めようとした瞬間。


「――ぁぇ」


 突然動けなくなると同時に、俺は椅子からずり落ち、横に倒れた。頭痛や呂律が回らない、呼吸困難等と次々と症状がやってきた。

 俺の身体、そろそろ仕事のし過ぎで壊れてきたんだろうな。


「ゃ……」


 同僚の矢口を呼ぼうとするが、矢口は気づかずパソコンに集中している。

 そういやこいつ、根っからの真面目だったな。やるべき事は必ずやり遂げようとする精神の持ち主、気づかないわけだ。それに全力で声を出そうとしても、出てくるのは『ぁ』等と言った弱々しい声。

 いつかのネット記事で見た事がある。それは【ブラック企業による過重労働によっての過労死】についてだ。


 ――要するに俺は今、過労によって瀕死な訳だ。

 加えて真っ当に飯を食ったことなんて、最後に食べたのはいつだったかな?いや覚えていないな。

 温かい白ご飯、身体の芯まで暖まる味噌汁、塩っぱく味付けされたご飯に合う鯖の塩焼き。これだけで満足いくのにそれすら食べられていない。


「ぅ……ぁ」


 最後にしたのいつだっけ?いや全然覚えてない。

 結局、俺は彼女ができぬまま死ぬらしい。まぁ、一生こんな生活するよか良いのかもしれないがな。

 

 ――死ぬことが怖くない。それはなぜなのか考えられるのは、そもそも痛みがないってのと、くだらない未練しかないってことだ。

 意識が薄れてきてるのがわかる。そろそろ時間らしい。

 せめて死ぬくらいなら、したかったな……。


 結局俺は、彼女を作れず、ムスコさんのお童貞すら捨てられぬままこの世を去った。

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