第5話 今日は土曜日だから

 そういえば皆んなはスーパーで何を買う?


 私は決まってルイボスティーかな。


 前まではほうじ茶だったけど、ちょっと味変。


 おしゃれでしょ?ルイボスティーなんて。


 なんて頭の独り言も馬鹿馬鹿しくなるくらい、私は狂えない。


 何からもはみ出さない小さな身体の人間だ。


 自分や環境からはみ出した事がない。


 親を亡くしてからもう15年くらい経つのに、あの日の感情は思い出せないくらい霞んでいる。


 それがこういう、ふと何かに手を伸ばした時とかにたまに思い出す。


 でも届かないのよね。


 どこにも達しない。


 棚のペットボトルを取っているようで、その間の何かを掴もうとしては、何も手に当たらず、結局は冷えたペットボトルに到達してしまう。


 分からないけど、何処かに、日常の何処かにあの日に戻れるきっかけがある気がしてしまう。


 ひょんなきっかけが、この地獄のような日々を変えられるスイッチがある気がする。


 それを私は自分では分からない内に探しては、またハズレ、またハズレと掴めないでいる。


 だから毎日小さな絶望に当たり、それを溜め込んでいるのかもしれない。


 どうせ大抵の人はお母さんと手を伸ばせば、なに?って掴んでくれるんだろうな。


 お父さんって呼べば、なんだ?って振り返ってくれるんだろうな。


 どれも笑顔で。


 「ハハ」


 冷たいペットボトルが当たった。


 ハズレだ。


 悔しいのか、ペットボトルの蓋の下の窪みを握り込み、ゆっくりと前に倒した。


 そしていつものように、ガタンと音が鳴り、後ろに並ぶペットボトルが前に来ようとするのを、何故か止めたくなった。


 息を吸う数秒だけペットボトルを持ち上げず、底の一点をレールに乗せたまま、当たり前じゃねぇぞという微かな気持ちを後ろのペットボトルに向けた。


 なんで、こんな簡単な運命を選べないのだろうか。


 「すぅー」


 考えてもキリが無い。


 それは私がここ数年で一番身に染みて分かっている事。


 「だって、もう会えないから」

 

 今日はやけにスーパーが静かなせいで色々考えてしまった。


 案外いつも私はこんな事考えてるのかな。


 あー、もう勿体無い。やめよ。


 ようやくペットボトルを持ち上げ、ふと我に返り誰も見ていないよなと左右を見た。


 良かった、誰もいない。


 良かった、誰も、いない。


 が故に聞こえた


 「お母さんこれ買ってー」


 「ダメよー、もうお菓子買ったでしょー」


 明らかにタイミングを間違えた。


 生まれてこのかた吐いたことがない憧れのセリフが耳ではなく心に痛く響いた。


 折角取ったペットボトルがスルッと落ちそうになる寸前に、あっと手に力を込めた。


 ここでガタンと大きな音が出なくて良かった。


 もう耳は塞げないし、落ちたペットボトルをしゃがんで取る元気もない。


 結局肩は落ちたまま、気分転換のスーパーは居心地が悪い洞窟のようになってしまった。


 ピッ


 この機械音はチリの様に消えた。


 そうか、今日土曜日だもんね。

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