登校中、終わり行く夏。
佐藤朝槻
第1話
わたしは負け組。
いつからだろう。つねにそんな言葉が頭の片隅にある。
クラスのあの子が満点をとったとき。
友達に彼氏ができたとき。
わたしの偏差値が60を越えないとき。
何かにいつも負けている気がする。
あの子にあるものが、どうしてないのだろう。
頑張ればいいの?
頑張れば手に入るの?
そうやって今年も、わたしの夏は家と塾の行き来で終わった。
今日から学校だ。
眠い目を擦りながら電車で最寄り駅には来た。あとは学校に行くだけ。
しかし、長い坂が待っている。
学校まで自転車で行く人やバスに乗る人もいるけど、わたしは歩き。
気分が乗らない。
歩きたくないなぁ。学校に行きたくないなぁ。坂、長いなぁ。嫌だなぁ。
暑いからか。
空が青いからか。
秋を知らせるコオロギが夜明けとともにいなくなるからか。
違う。
夏休みは終わったのに、わたしの夏がまだ終わってないから。
でも終わるって何?
わたしは周りを見渡した。
同じ学校の制服の女子が談笑しながら行く。
彼氏彼女が手を繋いで行く。
ひとりの男子が黙々と自転車を漕ぎ行く。
バス停に乗り込んでいく生徒たち。
皆どんどん先を行く。
わたしは日傘を畳んで鞄にしまった。
水筒の麦茶を飲んだあと、学校指定の鞄をリュックみたいに背負って背筋を伸ばした。
踵の潰れたローファーを丁寧に履きなおす。コツ、とローファーのつま先がアスファルトを叩いたら、周囲の雑音が消えた。
目を閉じ、大きく息を吸う。
大きく息を吐く。
見開いた先には灰色のアスファルトと空だけ。
「よし、いくぞ」
その声を合図に坂を駆け上がる。
太陽が眩しい。蝉の声は騒がしい。急速に喉が渇いていく。
足で踏み、蹴るたび痛みを感じる。
心臓が呼吸を求める。ずいぶん前に息が止まった。日焼け止めは、たぶん落ちた。
それでも足を止めることはない。
倒れてしまったっていい。半ば本気で思う。ばかげているけど。
自転車に乗る誰かが、わたしを追い抜いていった。
次の自転車は、わざわざわたしのほうを二度見した。
うるさいよ。全部うるさい。
ムカつくんだよ。
夏が終わるから、なんだ。
夏が終わった明日がはじまったから、なんだ。
夏を飛び越えて、生きるんだ。生きていくんだ。
負け組から抜け出して。
勝ち組なんて言葉も気にしなくなったら。
高らかに勝ちだって言うんだ。
わたしが負けたと思ったら、そんなことないって言う。そう言える日が来るまで走ってやる。
夢がない?
白馬の王子様がいない?
わたしがダメなのは、親のせい?
駆け抜けてやる。
嫌なこと全部が見えなくなるまで。
わたしが何も気にしなくなる速度で。
そっか。わたし以外の一切を見たくないんだ。
比べることにうんざりしていたんだ。
――坂を駆け上がった。赤色の信号に止まれと催促され、立ち止まる。
心臓がまだ走り続けていた。
呼吸を整えていると、汗と一緒に涙が落ちていく。
鞄から水筒をとりだして麦茶を流し込む。ああ、生き返る。
振り向いて坂を見下ろす。バスがのろのろ走り、自転車に乗る人はひいひいと疲弊している。
「登りきった……。やったね」
疲れきった体から声を振り絞る。
信号を待つ人が不審者人物でも見るように怪訝な顔をしていた。
うん、やっぱり、わたしの勝ちだ。
この爽快感を誰も知らないのだから。部活ともマラソンとも違う、孤独の青春。
信号が青になる。重い足を引きずりながら歩きだした。
……歩くのもつらい。絶対筋肉痛だ。走ってるときはあんなに気持ちよかったのに!
こうして、わたしの夏が終わり行く。
登校中、終わり行く夏。 佐藤朝槻 @teafuji
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