第42話 女王への来客

「……あら?」


 クローディアは秘書官代理のウィレミナや護衛のジリアンとリビーを引き連れてイライアスの屋敷から出たところで足を止めた。

 そこには従者を引き連れて馬車から降りたばかりのマージョリー・スノウの姿があったからだ。

 美しく着飾った彼女は栗色の髪をなびかせて颯爽さっそうと屋敷の門をくぐったところで、クローディアの姿を見て同じように足を止めた。

 その目がほんの一瞬、不快そうに冷たい光を帯びる。


「まぁ……」


 クローディアとマージョリーは視線を合わせるとたがいに1メートルの距離まで歩み寄っていく。

 そして再び立ち止まった。


「ごきげんよう。マージョリー。あなたもイライアスのお見舞い?」

 

 マージョリーの背後にいる数名の従者たちは花束や見舞いの品を山ほど抱えている。

 柔和な笑みを浮かべるクローディアとは対照的にマージョリーは冷たい笑顔を見せた。


「ええ。クローディアもお見舞いでしたか。先を越されてしまいましたわね」

「気にしないで。先も後もないわよ」

「……クローディア。あなたとはぜひ一度じっくりお話しをしてみたいですわ。出来れば2人きりで」


 そう言うマージョリーの顔は笑っているものの、その目は笑っていない。

 そんな彼女の視線を真正面から受け止めてクローディアはなお、微笑みながら涼やかな声で言った。


「いいわね。機会があればぜひ」


 それだけ言うとマージョリーとすれ違い、そのままクローディアは屋敷の門をくぐって外に出た。

 屋敷の中へと向かっていくマージョリーを振り返ったジリアンやリビーが悪態をつく。


「チッ。気に食わねえ女だぜ」

「まったくだ。細っこい首を締め上げてやりたくなる」


 そんな2人にクローディアは苦笑した。


「聞こえるわよ。あなたたち。いいから行きましょう」


 そう言うとクローディアは外で待たせていた馬車に乗り込むのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 応援演説7日目。

 病欠のイライアスに代わって大統領の秘書官の1人が案内役を務め、クローディアの演説はとどこおりなく終わった。

 頭髪が真っ白になった初老の秘書官の男性は、演説舞台の裏にもうけられた控え室で慇懃いんぎんに頭を下げる。


「お疲れ様でございます。クローディア様。おかげさまで選挙戦の中間投票は大統領の優勢となっております」


 中間投票は本番投票日の5日前にこの首都の中から選出された一定数の投票員たちによる事前投票によって行われる。

 この票は本番の投票時に加算される前倒し投票だが、本番前の選挙の情勢を占う重要なもよおしとなっていた。


「そう。それならワタシも張り切った甲斐かいがあるわ。残り3日間、大統領のお力になれるよう全力で務めさせてもらいます」

「大統領に代わって深く御礼申し上げます」


 クローディアに大統領秘書官は深々と頭を下げ、それから顔を上げて言った。


「ところでクローディア様にお客様がいらっしゃいましたが、いかがいたしましょうか」

「客? 誰かしら。お通しして下さる?」


 そう言われて大統領秘書官は客人を通した。

 するとそこに入って来たのは1人の女性だった。

 その姿にクローディアは目を丸くし、それから口元に笑みを浮かべる。


「……あなただったの」


 花束を手にその場に現れたのはマージョリー・スノウだった。

 その顔には満面の笑みが広がっている。


「相変わらず素敵な応援演説でしたわ。クローディア」


 そう言ってマージョリーは花束を差し出す。

 真っ赤な薔薇ばらの花束だ。

 それをクローディアは受け取った。


「ありがとう。マージョリー」


 そう言ったその時、クローディアは指にチクリとした痛みが走るのを感じ、右手の親指を見た。

 薔薇ばらの花束を包み込む白い紙から鋭いとげが飛び出していて、それが親指に突き刺さっていたのだ。

 親指からプクリと玉のような血があふれ出す。


 よく見るとその薔薇ばらくきの部分がとげだらけだった。

 クローディアは顔を上げる。

 マージョリーは満面の笑みを浮かべているが、その目には冷たい光が宿っていた。

 それを見たクローディアは穏やかな表情で、かたわらにいるウィレミナに声をかける。


「……人払いを。マージョリーと2人で話したいわ」


 その言葉につかの間、躊躇ちゅうちょするウィレミナだったが、クローディアの目に有無を言わせぬ強い光が宿っているのを見て、息を飲んで指示に従うのだった。

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