第40話 女王の演説

「実績十分の大統領ですが、まだまだ道なかばです! ワタシは見てみたい! 大統領のさらなるご尽力で、この共和国がさらに発展する姿を! 皆様も同じ思いだと信じます! お集まりの皆様! どうかその熱き一票で大統領を3期目へと押し上げて下さい! その先にこの国の栄光の未来があるはずです! よろしくお願いいたします!」


 そう言って優雅に一礼する異国の女王の堂々たる姿に、その熱のこもった演説を固唾かたずを飲んで聞いていた聴衆から大きな歓声が上がる。

 共和国首都の中でも中心部に位置する広場には1000人以上の聴衆が詰めかけていた。

 統一ダニアの女王クローディアの大統領応援演説を一目見ようと訪れた聴衆の前でクローディアは見事な演説を披露したのだ。


 すでに6日目ともなるとクローディアの応援演説も初日よりなめらかとなり、聴衆の心を見事につかんでいる。

 クローディアはにこやかにもう一度礼をして聴衆に手を振った。

 そんなクローディアのとなりで大統領も満面の笑みを浮かべながら、手を振って聴衆の声にこたえるのだった。


☆☆☆☆☆☆


「お疲れ様でした。クローディア。熱演でしたね」


 舞台裏では演説から戻ってきたクローディアを秘書官代理のウィレミナが迎えた。

 彼女はクローディアに柔らかな手拭てぬぐいと、果汁や砂糖で味付けをした水の入ったグラスを手渡す。


「ありがとう。ウィレミナ。あれだけしゃべるとさすがにのどが乾くわ」


 手拭てぬぐいで顔の汗をぬぐい、手渡されたグラスの水を一息に飲み干した。

 さわやかな酸味と甘さを兼ねた水が乾いたのどうるおす感覚がたまらなく気持ち良く、クローディアはもう一杯を所望しようと空になったグラスを差し出す。

 そこでウィレミナが空のグラスを受け取るよりも早く、クローディアに次の一杯を差し出したのはイライアスだった。


「見事な熱弁だった。聴衆も夢中だよ」


 そう言うイライアスはいつも通りの笑顔だった。

 だが昨日の彼の辛そうな顔を鮮明に覚えているクローディアは、それが取りつくろった笑顔だと殊更ことさらに感じられ、グラスを受け取りながら思わず目をらした。


「ありがとう。午後は先日の雨で中止になった場所よね。また案内よろしく」


 それだけ言うとクローディアはウィレミナを引き連れて馬車へと戻って行った。

 そっけないその後ろ姿を見送りながら、イライアスは思わず残念そうな表情を浮かべる。


「……嫌われたかな」


 それが思いのほか残念に感じられ、気落ちしている自分にイライアスは気付くのだった。


☆☆☆☆☆☆


 馬車に乗り込んだクローディアはグラスを手にしたままため息をついた。


(ちょっと感じ悪かったわね。ワタシ)


 昨日はイライアスの本当の顔を見たような気がした。

 そのせいか先ほどイライアスに取りつくろった笑顔を向けたられたことにクローディアは少々苛立いらだったのだ。

 そのせいで彼から目をらしてしまった。

 それがなぜなのかは自分でも分からない。


「クローディア。お疲れですか?」

 

 物憂ものうげな様子のクローディアを気遣きづかい、ウィレミナがそう声をかけた。

 そんなウィレミナにクローディアは気を取り直して笑みを浮かべる。


「大丈夫よ。もうじきこの仕事も終わる。ウィレミナ。最後まで頼りにしているわ。よろしくね」


 そう言うとクローディアはイライアスが持ってきてくれたグラスの中の水を、今度はゆっくりと飲んだ。

 先ほどと同様に酸味と甘みがほどよく口の中に広がっていく。

 イライアスが自分のためにこれを自ら用意してくれたのだと思うと、先ほどのそっけない態度を悔いるクローディアだった。


(午後にはちゃんと彼の目を見て話そう)


 そう思ったクローディアだがその日それは叶わなかった。

 なぜなら昼食を終えた後、イライアスが体調をくずして急遽きゅうきょ、自宅に戻ったからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る