第32話 女王の舞い

「お集まりの皆様。今宵こよいはこのような素敵な夜会にお招きいただきまして感謝いたしますわ」


 煌々こうこうとしたかりのともる大広間に大勢の人が集まっている。 

 大統領が主宰したその夜会の出席者である紳士淑女の面々が見つめているのは、壇上だんじょうで美しいドレスをまとった女王が優雅に挨拶あいさつをする姿だった。

 会場にはもちろん大統領の息子であるイライアスもいて、クローディアの挨拶あいさつを静かな笑顔と共に見つめている。

 だが、誰もが羨望せんぼう眼差まなざしをクローディアに向ける中、たった1人だけ、それを憎々しげに見つめる女の姿があった。


「ふん……田舎いなか者のくせに。すぐにその仮面をがしてあげるから」


 クローディアの挨拶あいさつが終わって万雷の拍手が鳴り響く中、誰にも聞こえぬようそうつぶやきをらしたのは、スノウ家の令嬢マージョリーだ。

 壇上だんじょうから降りたクローディアにマージョリーはつかつかと近付いていく。

 その顔には冷ややかな笑みが浮かんでいた。


「ごきげんよう。クローディア。私、スノウ家のマージョリーと申します」


 そう言うとマージョリーは優雅な仕草でスカートをつまんで挨拶あいさつをする。

 それは相手に対する礼を尽くすというよりは、自身の気品を見せつけるような態度だった。

 クローディアも満面の笑みで彼女に礼を返す。


「ごきげんよう。マージョリー。お会いできて嬉しいわ」


 そう言うクローディアにマージョリーは目を細めた。

 その視線が自分を値踏みしているのだとクローディアはすぐに気付く。

 

「王国から我が共和国へくら替えなさって色々とご苦労も多いかと思いますが、この街で分からないことがあれば何でも私にお聞き下さいな。クローディア。戦場で剣を振るうのはお得意とお聞きしておりますが、都での暮らしはなかなか大変だと思いますので」


 そう言ったマージョリーがわずかにあざけるように口のはしゆがませたのをクローディアは見逃さない。

 しかしクローディアは柔和な笑みを一切くずすことなく言葉を返した。


「ありがとう。マージョリー。ワタシは武骨者なので、あなたのような洗練された都会の女性に色々教えていただくと助かるわ」


 そう言い合うとクローディアとマージョリーはほんの数秒の間、笑顔で見つめ合った。

 傍目はためには女性同士が親睦しんぼくを深めようとしているかのような微笑ましい光景に見えるだろうが、2人の間にはピリッとした空気がただよっている。

 するとその時、大広間の後方に待機していた楽団が音を出し始めた。

 

 楽器の音が鳴り響くと、途端とたんに夜会の会場が熱気を帯び始める。

 舞踏ぶとう会の始まりだった。

 するとマージョリーはクローディアに背を向ける。


「クローディア。そこで見ていらして」


 そう言うとマージョリーは颯爽さっそうと会場の真ん中に向かって歩いて行く。

 その先にはイライアスの姿があった。

 マージョリーはイライアスの前に立つと、妖艶な笑みを浮かべて彼を見た。

 彼からの誘いを待っているのだ。

 そんな様子にクローディアは先刻のアーシュラの話を思い返す。


 イライアスの恋人であった平民の娘ミア。

 ミアを自殺に追い込んだのはマージョリーの仕業しわざだとうわさされている。 

 証拠こそないものの、そうした疑惑を持つ相手にイライアスはどう接するのか。

 そう思ったクローディアだが、イライアスはほがらかな笑みを浮かべてマージョリーを誘った。


(なるほど。鉄の仮面を被っている……というところかしらね。まあ、彼は立場もあるし自制のく人だものね)


 楽団の奏でる音楽に合わせ、マージョリーは得意気にイライアスとおどり出す。

 おそらく彼女の得意分野なのだろう。

 そしてマージョリーはこれ見よがしにイライアスに身を寄せて、勝ち誇ったような視線をクローディアに送って来る。

 クローディアはあまりに馬鹿馬鹿しくて苦笑を抑えられずに顔に出した。


(くだらない。そうしてお目当ての男に近付く女を排除するのね)


 同じ女としてまったく共感できない思いだ。

 何よりクローディアはイライアスに対して特別な想いは持っていない。

 彼女が心から愛した男はもう他の誰かのものなのだ。

 そんなことを思うと何だかクローディアは徐々に苛立いらだち始めていた。


(人の気も知らないで……)


 楽団の音楽が一段落し、イライアスとマージョリーはたがいに一礼して舞踏ぶとうを終えた。 

 すると今度は楽団がすぐに次の曲に入る。

 勇ましい戦士の武勇をたたえる曲だ。


 王国でも聞いたことのあるその曲にクローディアは自然と体が動いていた。

 彼女はつかつかとイライアスに歩み寄ると、入れ替わりざまにマージョリーを一瞥いちべつし、それから自分からイライアスの手を取った。

 突然のことにマージョリーはおどろきの声を上げる。


「なっ……」


 おどろいたのはマージョリーだけでなくイライアスもそうだったが、クローディアは構わずに早い律動リズムのその曲に合わせておどり出す。

 イライアスはあわてて反応し、何とかこれに応じた。

 クローディアが美しい銀色の髪を振り乱しておどり出すと、会場中の視線が彼女に集まる。


 持ち前の運動神経でおどるその舞踏ぶとうには、普通の女性がおどるようなつつましさは皆無だった。

 だが激しく、それでいてあでやかなその舞踏ぶとうは、クローディアにしかおどれないそれであり、次第に観衆の目は釘付くぎづけとなって歓声が上がり始める。

 初めは面食らっていた様子のイライアスも次第に楽しくなってきたようで、その顔に笑みが広がっていった。

 美しい2人の舞いに羨望せんぼう眼差まなざしを向ける人々の中、マージョリーだけはくちびるみしめて不満げにその様子を見つめている。


 楽団の演奏にも拍車がかかり、数分の間、2人は見事な舞いを見せつけた。

 やがて楽団が最後の音を奏で、クローディアとイライアスの舞踏ぶとうは終演となった。

 見事な舞踏ぶとうを終えた2人に会場から拍手喝采かっさいの大歓声が上がる。


 目を丸くするイライアス、憎々しげにクローディアをにらみつけるマージョリー、そして苛立いらだちをすべて吐き出したようにスッキリとした笑顔のクローディア。

 そんな三者三様の様子を歓声が包み込む。

 盛り上がる会場のすみでは、主の様子を見ていたアーシュラが思わずあきれ顔で天を仰いでいるのだった。

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