第30話 女王のため息

 初日の応援演説を終えたクローディアを迎賓館げいひんかんまで送り届け、イライアスはふぅと息をついた。

 そばには衛兵や従者である双子の姉妹が付き従っていたが、皆を先に帰すとイライアスは1人夜の街へ歩き出す。

 とはいっても歓楽街を歩けばあちこちから声をかけられてしまうため、人目を避けて裏道を進んだ。

 そして彼が目指すのはさらに人目のない場所だった。


 墓地。

 人の多い首都とはいえ、日が暮れてからこんな場所を訪れる者はまずいない。

 イライアスは墓地のすみに建てられた質素な墓石の前に立ち止まると、ふところから小さな包み紙を取り出し、それを墓前に供えた。

 それは墓の下に眠る人物が生前に好んで食べた菓子だ。


「おまえの好きなマロングラッセだ。ミア。今年もこの季節になったな」


 そうつぶやくイライアスの顔は、いつもの快活な彼を知る者には想像もつかないほど暗い影を帯びている。


「御父上はお変わりなくお過ごしだ。相変わらず足がお悪いようだが、適切な治療も受けられている」


 そう言うとイライアスは自嘲じちょう気味に笑う。


「俺は……先に進め進めと周りから背中をつつかれるまま進み続けている。本当はずっとあの頃のまま、おまえと過ごしたかったんたがな。そうもいかないらしい」


 イライアスは冷たい墓石に手を触れる。

 どんなに求めてもりし日の彼女のぬくもりには触れられないのだと思うと、イライアスの心にはむなしさばかりがつのるのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 初日の応援演説をつつが無く終え、クローディアは迎賓館げいひんかんに戻った。

 護衛役として付き従っていたデイジーらや補佐役のウィレミナらも皆、一様に疲れた表情を見せている。 

 異国での慣れない生活に、誰しもおのずと緊張状態にあったようだ。

 そんな中、いつもと変わらぬ様子のアーシュラはクローディアと同じ頃に館に帰還していた。


「おかえりなさいませ。クローディア。お疲れ様でございました」

「アーシュラ。あなたも一日忙しかったでしょ」


 そう言うとクローディアは小姓こしょうらに命じて、アーシュラの分も茶と茶菓子を用意させる。


「応援演説はいかがでしたか? まあクローディアにとっては簡単なお仕事と存じますが」


 アーシュラの問いにクローディアは苦笑する。


「ええ。問題なく。上々だったわ。で? そっちは? アーシュラにとっては簡単なお仕事だと思うけど」


 冗談じょうだんめかしてそう言うクローディアにアーシュラは笑みを浮かべた。

 そして小姓こしょうが持ってきてくれた茶を飲んで一息つく。


「ふぅ。今日分かったことはいくつかあります。スノウ家は長女であるマージョリーとイライアス様との縁談をまとめようとしています」

「まあ、大統領の最大支援者の娘と、大統領の息子との縁談ならよくある話よね。まとめようとしている、ということは縁談は最近持ち上がった話なの?」

「いえ。それがもう3年近くも前から話自体は出ていたそうなのですが、まだ両家の間での話し合いは裏交渉こそあれど、表立っての正式な話にはなっていないようなのです」


 その話にクローディアはまゆを潜めた。

 当然だ。

 縁談自体がよくある形だというのに、それがそんなにまとまらないのは何かしらの障壁があるからだろう。

 アーシュラは話を続ける。


「大きな理由は二つ。まずはスノウ家内部の問題です。当主の弟の娘、すなわちマージョリーの従姉妹いとこにあたるアルバータという娘もイライアス様との縁談を希望しています。当主とその弟は対立していまして、必然的に娘たちも対立が深まっているようで、互いに牽制けんせいし合っているうちに刻々と時間が過ぎていったようです」

「なるほど。御家騒動を抱えているってわけね」

「もう一つは政治的な問題です。スノウ家は長く大統領を支援し続けてきましたが、2期目の選挙は僅差きんさでの勝利だったらしいのです。3期目となる今回は対立候補も強く、大統領の再選はどうなるか不透明ふとうめいな状況です。勝ち馬に乗りたいスノウ家は万が一、大統領が選挙に落選したらと考え二の足を踏んでいるのです」


 その話にクローディアはため息をつく。


「節操がないわね。大統領が勝てば意気揚々と縁談に手を上げ、負ければ静かに手を引くってこと」

「はい。そしてマージョリーがもっとも恐れていること。それがクローディアに関係あるのです」

「……嫌な予感がするわ」


 そう言って顔をしかめる察しの良いクローディアにアーシュラは淡々と告げた。


「イライアス様が異国の女王を結婚相手として連れて来るのではないか、といううわさが以前から街に広がっているようなのです。マージョリーはそのことに怒りをあらわにしているとか」


 自分を見る敵意むき出しのマージョリーの目を思い返し、クローディアはウンザリした顔で大きくため息をつくのだった。

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