第18話 女王とかつての恋敵

 体調が回復して久しぶりに会議に出席したブリジットは、会議を終えて皆が去った後も本庁舎の会議室に1人残っていた。

 誰もいない部屋の床を見つめながら、ブリジットは思わずため息をらす。


「はあ……」

「何よ。ため息なんかついちゃって」


 その声におどろいて背後を振り返ると、会議室の入口に先ほど退室したばかりのクローディアが立っていた。

 ブリジットは銀髪の盟友を見て怪訝けげんな表情を浮かべる。


「何だ? 忘れ物か?」

「いいえ。会議中から何となくあなたの様子が気になってね。ワタシがここに戻って来る足音にも気付かないなんて、あなたらしくないわね」


 そう言うとクローディアはブリジットのとなり椅子いすに腰を掛けた。

 彼女は腹のふくらんできているブリジットの様子を気遣きづかわしげに見つめる。


「気分が優れないのね。無理しないで」

「……すまない。心配をかけて。アタシが動けない間にはおまえにも迷惑をかけた」


 ブリジットが休んでいる間、女王としての対外的な仕事はクローディアが一手に引き受けていた。

 それにしてもめずらしく殊勝な物言いのブリジットに、クローディアはますます表情を曇らせる。

 そして彼女はカマをかけてみた。


「ボールドウィンとケンカでもしたの?」


 その言葉にブリジットはまゆをピクッと動かした。

 その顔に動揺が広がっていくのを見たクローディアの方が今度はため息をつく。


「……そう。まあ、そういうこともあるわよ」


 クローディアはそれ以上、口をはさまなかった。

 これはブリジットとボルドの問題であり、自分に何かを言う権利はないとわきまえているからだ。

 だが、口を開いたのはブリジットのほうだった。

 まるで助けを求めるかのように。


「馬鹿なことを言ってしまい、ボルドを傷つけてしまった……」

「……それ、ワタシに言わないほうがいいわよ。ワタシ、あなたの大事な彼に横恋慕よこれんぼして奪おうとした油断のならない女だから」


 ついそんな意地悪を言ってしまいたくなるのは、自分がどんなに恋いがれても手に入らなかったボルドの愛をブリジットは一身に受けているからだ。

 そして彼との子をその身に宿してなお、今も浮かない顔をしているブリジットへの苛立いらだちからだった。

 クローディアのそんな心情を感じ取ったのだろう。

 ブリジットは気を取り直して立ち上がる。


「……すまない。おまえに言う話ではなかったな。忘れてくれ」


 そう言うとブリジットは会議室を出て行こうとする。

 クローディアはそんな彼女に声をかけた。


「簡単よ。ただ今の気持ちを伝える。彼に対して申し訳ないと思っている気持ちと、不満に思っている気持ちを。そしてきちんと謝る。それをするだけで彼は必ずあなたを前と同じように愛してくれる。何も心配することはないわ」


 その言葉にブリジットは立ち止まった。

 簡単なことにも思えるし、難しいことにも思える。

 なぜならボルドは必ずブリジットの心をおもんぱかって行動してしまうからだ。


 クローディアの言う通りブリジットが謝ればボルドはこころよく笑って受け入れてくれるだろう。

 ブリジットの気持ちにも理解を示してくれるはずだ。

 だが……。


「……それではダメな気がする」

「そうね。それではダメね」


 そう言うとクローディアはブリジットの目の前に立つ。

 そして自分よりも背の高い彼女を見上げて毅然きぜんと言った。


「これはあなたと、そして彼の友人として言わせてもらうわ。ブリジット。あなたは彼に甘え過ぎているのよ。何も言わなくても彼なら分かってくれる。察してくれる。受け入れてくれる。そしてあなたの気に入るように振る舞ってくれる。心のどこかにそんな甘えがあるんじゃない?」

「甘え……」


 ブリジットは何も言い返せなかった。

 図星だからだ。

 自分は精神的にボルドに依存している。

 だから昨晩のような態度を彼に対して取ってしまうのだろう。


 なぜ彼は誘ってくれないのだろう。

 なぜ彼は自分の気持ちを分かってくれないのだろう。

 こちらが何も言わなくても気持ちを察してほしい。

 いつしかそんな態度で彼に接してしまっていたのかもしれない。


「……アタシは傲慢ごうまんだな。余計な心配をかけてすまない。クローディア」


 そう言うとブリジットはクローディアの肩にポンと手を置いた。


「友人として意見をくれて感謝する。おまえにそんなことを言ってもらう資格はないかと思っていたが、嬉しく思うよ。ありがとう。クローディア」


 そう言うブリジットにクローディアは苦い笑みを浮かべた。


「恋に敗れた女に出来ることは、いつまでも想いを断ち切れずに結ばれた2人をうらむか、それとも綺麗きれいさっぱり忘れて2人の幸せを願うことくらいよ。それなら後者のほうが断然いいもの」


 そう言うとクローディアは肩に置かれたブリジットの手に自分の手を重ねた。


「さっさと仲直りしなさい。お腹の赤ちゃんも心配するわよ」


 そう言って浮かべたクローディアの笑みは、純粋に友の幸せを願う優しい微笑ほほえみだった。

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