第16話 女王の親友たち

「お、今日は寝間着じゃないのか」


 ある日の午後。

 部屋に入って来たベラが開口一番そう言うのを聞いて、ブリジットとボルドは思わず苦笑した。

 ブリジットの私邸。

 ここのところようやく悪阻つわりの落ち着いたブリジットの見舞いに友らが訪れたのだ。


 いつも通り軽口を叩くベラの頭を後ろから叩くのはソニアだ。

 ソニアは相変わらずムスッとした顔をしているが、これが彼女の平素の表情である。

 付き合いが長くなってきたボルドは、今日はむしろソニアの機嫌が良さそうだということも分かってきた。


 ベラとソニア。

 若きダニアの戦士であり、ブリジットにとっては幼い頃からの親友たちだ。

 先の大戦では2人とも体に大きな傷を負った。


 ベラは左眼がつぶれて黒い眼帯をしており、ソニアは敵の斬撃に神経を傷つけられたため、右半身が若干不自由だった。

 それでも大きな戦果を上げた2人は、ダニアの者たちから敬意を込めてこう呼ばれている。

 『隻眼せきがんのベラ』、『不死身のソニア』と。


 平和になった今の新都では2人はブリジット直属の近衛兵このえへいとして日々を過ごしていた。

 こうして気心の知れた者たちだけの時は気安い態度と口調でブリジットに接する2人も、きちんとわきまえている。

 人前や公の場では敬意を持って振る舞い、敬語でブリジットに接するのを忘れない。

 ブリジットもそんな2人の前では女王としてではなく、年相応の女性として振る舞うのだ。


「病人ではないのでな。いつまでも見舞われてばかりではない」


 強がってそう言うブリジットに笑いをこらえながらベラがらす。


「こないだは病人というより死人みたいな顔してゲーゲーやってたぞ」

「うるさい。おまえたちだっていつか行く道だぞ。その時になってアタシを笑ったことを後悔するからな。ベラ」


 そう言うブリジットの楽しそうな顔を見てボルドはホッとした。

 やはり親友たちとの気の置けない時間は何よりも薬になる。

 そう思いながらボルドがベラとブリジットのやり取りを見ていると、ソニアが唐突に口を開いた。


「アタシは……笑わない。アタシも子供を産みたい……から」


 ソニアがそんなことを言うから皆はおどろいて思わず言葉を失った。

 しかしソニアはベラと違って冗談じょうだんを言う性格ではない。

 彼女が言うことはいつだって本音なのだ。

 そしてこう言う時、一番に沈黙ちんもくを破るのはベラだった。


「おまえ。そりゃいいが今、男いねえだろ。サッサと男を見つけろ」

「探している……アタシよりデカくて、アタシより強い男を」


 真面目まじめな顔でそう言うソニアの両肩に手を置き、ベラもやはり真面目まじめな顔で言った。


「ソニア……そんな人間の男はこの世にいない。もうおまえはくまと結婚するしか……アイタッ!」


 からかうベラの頭をソニアがゲンコツでなぐりつけ、ベラは思わず悲鳴を上げて頭を両手で押さえながらしゃがみ込んだ。

 ムスッとするソニアの若干赤い顔を見たボルドはあわてて声を上げる。


「だ、大丈夫ですよ! ソニアさんは優しくて友達思いのステキな人ですから、必ずいいお相手が見つかります!」

「そうだぞソニア。ベラみたいに男を取っ替え引っ替えしている女が意外と行き遅れるんだ」


 ボルドに続いてそう言うと、ブリジットはソニアに優しい笑みを向けた。


「いい男と出会えたら、いつかアタシに紹介してくれ。友として最大の祝福を贈らせてもらうから」


 ソニアにそう言うとブリジットは次に、床にひざをついて頭を痛そうにさすりながらうめくベラをジロリと見やる。


「ベラ。おまえはもうちょっと慎重に男を選べ」


 そう言われてバツが悪そうにくちびるとがらせるベラの様子がおかしくて、ボルドはついクスクスと笑うのだ。

 友と一緒の温かな空気が皆を包み込む、そんなある日の午後だった。

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