Project Peace

ごま油を引いたフライパン

プロローグ

アメリカ アーリントン国立墓地


 アメリカ最大の国立墓地で、多くの殉職軍人や退役軍人が埋葬されているアーリントン国立墓地の敷地内に、一台の霊柩車が停まっている。開け放たれた後部ハッチの前に8人の軍人がやってきた。足並みをそろえてやってきた彼らは、二手に分かれ、後部ハッチの前に整列する。



儀礼用の旗をなびかせるカラーチームの横で、軍楽隊が出迎えの音楽を奏で始める。音楽が奏でられると同時に、左列一番手前の軍人が、霊柩車に近づく。彼は、星条旗が被せられた棺を端を持ち、霊柩車から棺を引き出し始めた。徐々に引き出されていく棺を、周りの軍人が順番に持ち始めた。やがて霊柩車を離れた棺は、彼らによってゆっくりと運ばれていく。



そして、すぐそばについていた馬車に乗せられていく。一人の軍人が、その様子を見守りながら、棺に向かって敬礼する。棺が馬車に乗せられると、軍人は敬礼をやめた。それと同時に、出迎えの音色も止まった。

合図とともに、カラーチームがなびかせていた旗がまとめられ、軍楽隊とカラーチームが列を整える。

「右向け!右!」

一体となった列が右を向く。

「進め!」



軍楽隊のスネアドラムに合わせて、彼らは行進を始めた。馬車の前に出た彼らは、ゆっくりと、墓地の中を進む。棺を載せた馬車も後に続く。刻々と時間が流れていく。やがて管楽器も加わり、棺は、自らの入る場所へと運ばれていく。しばらく行進が続いた後、埋葬地の目の前へとついた行進の列が止まった。

馬車の周りについていた8人の軍人が、号令と共に、棺に手をかけた。ゆっくりと馬車から離れた棺は、軍人らの手により、いよいよ埋葬地へと降ろされた。



棺に被せられた星条旗を、葬送のマーチの始まりとともに、数人がかりでゆっくりと持ち上げる。そのたもとで、儀仗兵が空に向けて銃を構えた

「撃て!」

号令とともに、儀仗兵たちが空に向けて発砲する。弔砲だ。



「装填!」

 リロード時の金属音が響く。



「撃て!」

 2回目。一瞬の破裂音の後、沈黙が流れる。



「装填!」

 リロード。



「撃て!」

 3回目。いよいよ最後の射撃が終わる。



 しかし、星条旗を広げた軍人たちはまだ動かない。



今度は、遠くにいる軍人が、ラッパを奏でる。葬送のラッパ、TAPSだ。ゆったりとしたテンポで奏でられたそれは、棺に入った男の傷を癒すものになるのだろうか。それがやむと、ついに星条旗が、軍人たちによって三角形に畳まれていく。1回。2回。棺に入っている男の勲章の数を数えるかのように、ゆっくりと、一折一折丁寧に畳まれていく。いよいよ最後の一折が終わり、きれいな三角形になった星条旗を、軍人が、目の前の軍人に手渡した。今度はその軍人が、棺の目の前に待ち構える他の軍人に手渡した。受け渡された星条旗を持った軍人は、棺の横の仮設の椅子に座っている女性の目の前まで移動し、腰をかがめた。


「アメリカ合衆国大統領とアメリカ合衆国国民を代表して、あなたの愛する人がこの国に与えた名誉ある忠実な奉仕に対する感謝のしるしとして、この旗を贈らせてください。」

そう言うと、軍人は、三角形に折り畳まれた星条旗を、女性に渡した。棺に入っている男が愛した妻である。

彼女は、星条旗を受け取った瞬間、ついに泣き出した。

軍人は、静かに敬礼をし、彼女の前から離れようとした。すると、彼女の隣にいる、年端のいかない少年に話しかけられた。

「パパはどうしてねてるの?」


軍人は、少年まだ死というものを理解していないことに驚いた。

軍人はその驚きを隠しながら、まだ死というものを理解していない少年の顔に合わせてしゃがみ、無邪気な目をまっすぐ見つめて言った。

「君のお父さんは、アメリカに、いや、世界に尽くした。今は少し疲れていて、寝てしまっているんだ。」

「いつおきるの?ぼくはパパとあそびたいよ。」

 軍人は、少年のまっすぐなまなざしに思わず目を逸らした。少年の隣では、彼の母が泣いている。

「君のお父さんは、勇敢だった。」

なんと言葉をかけていいのか分からない軍人は、ただ一言、そう言った。

「パパとまたあそべる?パパはまたえほんをよんでくれる?」

 少年は、必死になってそう聞いた。少年の様子を見て、軍人は覚悟を決める。伝えられるだけの真実を伝える。それも彼の仕事の一つだ。

「いいかい?よく聞いてくれ。君のお父さんは、もう、起きることはないんだ。でも、君がこのことを理解し、お父さんの勇敢さを知ったとき、君はスーパーヒーローになれる。君のお父さんのように。」

 ありのままを、伝えられる限りを伝えた軍人は、もう一度少年の目を見つめた。

「ぼくはヒーローになりたいんじゃないよ。ただ、パパとあそびたいんだ。」

 少年は、目に涙を溜める。

「パパは…もうえほんをよんでくれないの?いっしょにあそんでくれないの?ぼくは、パパがいないとたかいところにものぼれないよ。パパがいないと、ぼくは…ママのおてつだいもできないよ…どうして…どうしてパパはおきないの?」

少年は、その場に立ち尽くし、ぐずぐずと泣き出した。

墓地の儀礼兵として長年勤務している軍人にとって、こういった事態は慣れものだった。しかし、胸が締め付けられるような感覚は、何度経験しても慣れるものではない。伝えることしか出来ない彼の心を余計に苦しめるばかりだ。

「今はまだ、君のお父さんが起きることがない理由がわからないかもしれない。でも、いつか、分かる日がやってくる。その時、もう一度ここに来るんだ。そうすれば君は、お父さんと話すこともできる。遊ぶことだってできる。」

 そう言うと軍人は、少年と、隣で泣き続ける母親に再度敬礼をし、二人の元を離れた。その場しのぎの嘘をついたことを後悔しながら…

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