負けヒロインな後輩のことが気になって仕方ない
すずまち
のんきな友
「蒼真。だからな、お前に彼女が出来たら、まずは弁当を頼むのがいいぜ」
やけに実感の籠もった声で、にやにやと少し自慢するように言葉を発する男、笹原裕介は、手元に可愛らしいデザインの弁当箱を大切そうに持ったまま、惚気にしか聞こえない忠告をしてきた。
ガヤガヤとした教室からは、ほんのりと嫉妬の混じった視線がそこら中から向けられているのにも関わらず、のんきなやつだ。全く、呑気すぎて腹が立ってくる。
「まあいいもんだよ、本当に。もらえたときの嬉しさったらもう……俺のために作ってくれたってことだけで、弁当まで愛おしく思えてくるもんだ」
自慢するように弁当箱を見せつけるように机に置く。この見慣れたデザインの弁当箱は、少し前まで裕介が使っていたものではなかった。
「こら。いつまで恥ずかしい話してるの?」
惚気を続ける裕介の頭に、軽い力で叩くように、後ろから手が当たる。
「日奈!」
「いつまでも恥ずかしい話ばっかりはだめだよ! 裕介だけじゃなくってこっちまで恥ずかしい思いするんだから」
裕介の頭を軽く叩いた笠原日奈は、裕介を若干咎めるように言う。しかし、身体はピタッとくっつくような近さで、周囲に見せびらかすように嬉しそうな雰囲気を醸し出しており、二人の関係の深さがうかがえる。
正直、彼女もいない俺からすれば、何がそうさせるのかわからない。
そう。誰が見ても明らかであるように、裕介と日奈は、付き合っている。
元々、小学の頃から裕介の友達であっただけの俺は、この学級で一番の美少女であるという日奈のことなど、ほとんど知らないと言っても過言ではなかった。
だから、日奈が徐々に俺の近く……ひいては裕介が話に来ている俺の近くに来始めた時、ほんの少しだけ面食らったのを覚えている。本人のことは余り知らなくても、相当数の男子から告白されているらしいという噂は聞いていたし、わざわざ俺たちに絡むことも無いだろうと思っていたからだ。
まあ最初はすこしぎこちなかった関係も、今……冬となると過程で少しずつ進んでいったわけで。今と言わず、夏休みにはすっかり打ち解けた日奈は俺たちと一緒に色々出掛けたりしていた。
日奈が裕介に想いを寄せ始めたのは、この頃だ。そうして、それに次いで裕介も、日奈に想いを寄せ始めた。
この二人はあまりに露骨で、明らかにお互いが意識しあっているのにも関わらず、奥手過ぎた。だから、誰か背中を押す人が必要だった。それが俺と……
「ん? おい、蒼真。通知来てるぞ」
「あ、すまんな」
スマホが震え、通知を知らせる。メッセージアプリを開くと、”なつ”からのメッセージが届いている。
『裕介先輩たち、どうですか?』
『どうって……』
今のこの状況は、初々しい高校生カップルを体現したような感じだ。さっきまで恥ずかしいと咎めていたはずの日奈も、今では裕介をつっついたり、話したり、こっちまで甘ったるく感じるほどのいちゃつきを披露している。若干教室の視線が痛いほどなので、俺としてはそろそろ勘弁してほしいと思うが。
『いつも通りだな』
『そうですか』
『いつも通りですか』
『つまり、いちゃついてるってことですね。わかりました』
三回同じ様に繰り返してきたメッセージは、目の前に居ないのにも関わらず、溜め息の声とともに送られてきた気がして、思わず少し肩をすくめてしまう。
「それ、ナツか? 今日いつものファミレスにいるって伝えててくれ。俺と、蒼真と、日奈で」
「俺の予定は?」
「開いてるだろ?」
「まあそうだが……」
メッセージを受け取っただけで裕介が相手を特定できたのは、俺がこのアプリに登録している友達が、笹原裕介、笠原日奈、そして鹿波夏華の三人だけだからだ。家族を含めればもう少しいるが……
メッセージアプリに登録している人数ですら両手で足りるくらいなのに、そこから一緒に遊ぶような仲のやつと言えば、先程挙げた三人くらいだ。だから、常に予定という予定は入っていない。
はあ、と溜め息をつ吐きつつも、夏華にメッセージを送る。
『いつものファミレスらしいぞ』
『わかりました』
いつものことに、もはや要件は聞かれなかった。
●●●
「どうも、蒼真先輩」
ファミレスに着いたはいいが、カップルがいちゃつき出したので一旦外に出たところに、夏華はやってきた。中学の制服に、鞄を掛けている。俺たちと同じ様に、そのまま来たようだ。
「ん。一応二人は中だよ」
「そうですか。はあ、また人目も憚らずにいちゃいちゃとしているんでしょうね」
「否定できないな。だから俺も外に出てきたわけだし」
まあ、夏華が来たのならもう外にいる理由もない。二人でもう一度ファミレスの中に入ろう。
もう何度も来たため、すっかり慣れてしまった店内。今日は窓際の温かい場所を案内されたこともあり、すこし居心地がいい。一応、夏華が壁側で、俺が廊下側だ。
「よう、ナツ」
「はい。裕介先輩たちはもう注文しました?」
「私達はしたよ? でも、蒼真くんはまだかな。ここに来るなり外に行っちゃったから」
にこにこと、何でも無いように日奈はそう言う。一体誰のせいで外に出たと……。
まあともかく、一人だけ後で注文するよりは、二人で注文したほうがまだ店員に気まずくないだろう。そこは良かった。
「どうするよ」
「……まあいつものでいいんじゃないですか?」
「そうだな」
呼び鈴を鳴らして、店員を呼び、いつもの通りのメニューを頼む。俺も夏華も、いつも同じものを頼んでいる。意外な趣味の一致の結果。
チキンドリアとドリンクバー、それに二人で一皿のポテト。それが最近の俺たちの頼むものだ。
「……ん? お前ら、二人で一皿のポテトなのか? 前は別々で頼んでただろ?」
裕介が、不思議そうに問う。確かに、裕介たちの前でこのメニューを頼んだのは初めてだったかもしれない。
「ああ、それなら二人でそれぞれ頼むより、二人一皿のほうが安く済むじゃないですか。せっかくだし、この前から一緒に頼むようにしたんですよ」
「へえ……なんか前より仲良くなったか? 蒼真とナツ!」
俺たちが仲良く見えることを、心から嬉しそうに裕介は言う。確かに俺達は、裕介を介した関係でしかなかった。ただ、今では個人間でも十分友人と呼べるだけの距離になっていると思う。
「まあ、そうだな」
ただ、俺はそれを曖昧にぼかしながら言った。ちら、と夏華の方を見ると、薄く笑みを浮かべて、ほんの少し苦しそうな顔を裕介に向けている。そのほんの少しのヒビにしかならないような愁いは、きっと俺しか気づいていないんだろう。
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