第4話・自分は誰なのか
ここは、どこだ。
男は森の中で目を覚ました。灰色の空からは純白の雪が降り注いでいる。
俺は……誰だ。
男は頭を抱えた。自分が何者なのか分からなかったからだ。
「……」
自分が何者か分からない。ここがどこなのかも分からない。
途方に暮れた男は頭を掻いて空を見上げた。だが、空を見たところで自体が好転するはずもない。
男はゆっくりと立ち上がり、歩き出した。目的地は男にも分からない。ただ、何かに引き寄せられるように歩き続けた。
「……」
森を抜けた男は小さな村に立ち寄った。
男が村に入ると、複数の村人たちが駆け寄ってくる。そして、一人の老婆が男に言った。
「こんな寒い中よくいらしてくれました。あの方の指令でしょうか」
「?」
「おかしいねぇ。どうやら、あの方の使者じゃないみたいだね」
首を傾げる男を見て、老婆はブツブツと独り言を離し始めた。
「あの方の庇護があるから魔物はこの村には近づけないはずなのに……ま、まさか、わしらが何か粗相をしましたか。ネクロ様の気に触れる事をしでかしたでしょうか。ど、どうか、どうか。お許しくだされ」
突然、村人たちは平伏し始める。額を地面につけて体を小刻みに震わしていた。しかし、すぐに何かをひそひそと話し始める。
「これって。ネクロ様のお戯れじゃないのか」
「ああ、このアンデッドは先ほどから俺達に攻撃を仕掛けてこない。自然発生のアンデッドじゃない」
「ふぅ。脅かせおって」
額に浮かんだ汗を拭って立ち上がった村人たちは「まったく、あのお方も人が悪い」と文句を言いながら、散って行った。
男は村人たちの背に声を掛けようとした。
「ヴぅぇ。ヴぉぇ」
男の口から発せられた言葉はそれだけだった。驚いた男は何度も試したが、自分の口から発せられるのは「ヴぃぃお。ヴぃえお」という言葉だけ……。
喉が渇いて声が出ないのだ、そう思った男は井戸で水を汲んで喉を潤した。しかし、
「ヴぇぇおおあ」
男の声は変わらなかった。
はあ。
小さく息を吐いた男は自分の頬をパチンと叩く。こんな事をしている場合ではない。自分には行かなくてはならない場所がある。
男は村を出て、南に向かって歩き出した。
目的地は、男にも分からない。
ただ、歩き続けた。
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