エルオールクロニクル〜2.砂塵の丘
東風ふかば
第1話 奪還
隠匿
乾季の終わる頃の朝。
その日は朝から具合も良く、テラスに椅子を出して、アルジスに連れ出して貰った。
僅かに湿り気のある風が心地よかった。
これまで何度も見てきたが、美しい景色だと思った。
白い煉瓦を積んだ街並みが続き、赤い瓦が幾重にも連なっていて、人々の喧騒が聞こえてくるようだった。
「美しいな、アルジス」
「はい、陛下」
「近頃子供の頃のことを夢に見る」
アルジスは王の言葉を静かに聞いていた。
「覚えておるか? 王宮を抜け出して遊んだであろう。貴族の子らは来なかったが、お前だけがついてきた。わしは身なりだけは良かったから、攫われかけたことがあったな」
アルジスは王の隣で膝をついて、彼の手を握った。
「ございましたな」
「お前が頑張ってくれたおかげで、衛兵が間に合って、わしはここにおる。今までのこと、感謝しておるよ」
「もったいのうございます」
オセルは真直ぐ街を見ていた。
もう見えていないかも知れないが、その濁った目は、そこにいるであろう民を見ていた。
「お前に頼みがある」
「何でしょう?」
王は着衣の中から何かを取り出そうとしていた。
関節がうまく動かず、難儀していたが、服の中に手を入れるわけにもゆかず、ただ見守った。
「これを、隠せ」
王はアルジスの手に細く長いものを押し付けた。
王の印である。
「陛下……、これはお預かりできません」
「隠せ。わしのためではない。ここに生きる者のためだ。生涯の友への最後の頼みだ。聞き入れてくれぬか」
アルジスは涙を堪えながら受け取った。
「雷帝の詔を笠に着る連中には決して渡すでないぞ」
アルジスは強く頷いた。
「メルクオールのような者が臣下におればな。王など不便なものよ。己の思いでやれることなど限られたものだ。王などやるものではないぞ、アルジス」
「陛下は良き王でいらっしゃいます」
「はっはっは……」
オセルは力無く笑った。
王の目がアルジスの目をまっすぐに見た。
「アルジスよ。わしはもうわしではなくなる。薬が手放せぬ哀れな男だ。そうなる前にお前にだけは伝えておかねばならん」
アルジスはしっかりと王の目をみた。
「ありがとう…」
オセルは笑っていた。
アルジスは浮腫んだ王の手を握り、涙を堪えながら永く頭を垂れた。
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