議論は平行線二

「オトキ・コユキが殺害されたのは、地球の日本時間で十九時四十五分。死亡推定時刻の誤差は、±二分。ハルケキ星のカシE地区にある自宅で、毒物を飲まされ、吐瀉物のような橙色の液体になって、死亡。美しさの欠片もない、耐えきれない吐き気を催すような死体でした」

「見て来たようにおっしゃりますね」

「ええ、見て来ました。正確な表現ではありませんが、貴方には理解が難しいので、そういった表現をとりましょう」

 リョウコは、ケージの言っていることは、良く分からなかったが、こちらを向かずに喋り続けるケージに、馬鹿にされていることだけは、分かった。

「十九時四十三分から四十七分までの四分間。貴方はここ、ハコダテで、ファッションショーを行っていた。会場に居た人たちだけでなく、ブレークスルー・スターショット、遠く離れた惑星でも、時間差の生じない通信方法によって、その様子は全宇宙に放送されていた。ランウェイを歩く姿、ポージングをする姿の美しさは、貴方以外の何者も表現することはできないでしょう」

「時間については、私は詳しくは覚えておりません。ただ、ケージさんの仰る通りなのであれば、私に犯行は不可能なのでは?」

「ええ、億単位、いえ、兆単位の証人がいます。地球上だけでなく、ハルケキ星でも、ほとんど、ほぼ百パーセントの人々が貴方を見ていた。それほど貴方は美しい」

「完璧なアリバイが、あるというわけですね」

「そのアリバイは、完璧すぎるのです。貴方以外の人は持つことができない、貴方の美しさのように。事件のあった、その時刻、貴方以外の人は、貴方を見ていた、貴方だけを見ていた。つまり、貴方以外の人は、誰にも見られていないのです。貴方以外の人には、アリバイがないのです」

「私は唯一、容疑者から外れることができるアリバイを持っている。なら、私以外の人が犯人なのではないでしょうか」

「アリバイは、不在証明です。不可能証明ではない。貴方はアリバイを過信しすぎです。アリバイを得るために、大きなミスを犯した」

「ミス?」

「貴方以外の人にアリバイがないのは事実です。貴方以外の人は、貴方を見ていた、貴方だけを見ていた。つまり、貴方以外の人は、誰にも見られていない」

「まさか」

「美しすぎるのは、罪、ですね。貴方以外の人は、貴方を見ていた、貴方だけを見ていた。貴方を見ていた、だけ、なんです。それだけ、それ以外の行動ができない。それほど貴方は美しい。貴方の不在証明を証明する人は、貴方を見ること以外何もできない、もちろん、犯罪も犯すことができない。貴方には不在証明が、貴方以外には不可能証明があるんです」

「美しすぎるっていうのも、考えものね。なるほど、確かに、自分で言うのもなんですけれど、私は、私の美しさには、それ位の力はあるでしょうね。だから、ケージさんも後ろ向きのまま、私と会話をしているんでしょう。でも、居るんですよ、私以外に、私の美しさを前にして、私を見る以外の行動を、食事を、できる人が」

「オトキ・コユキですね」

「ええ、私以外の人に不可能証明、私には不在証明。唯一、死んだオトキ・コユキは、そのどちらも持っていない。自殺、だったんじゃないかしら」

「違います。同じ程の美を持っている貴方なら、分かるはずです」

「同じ程の美。確かに、そうね。私は死ぬことなんか、これっぽっちも考えたことがないわ。だって美しいのだから。美しさは壊すことができない。その畏れ多さに」

「オトキ・コユキは、自殺することができません。その美しさが故に。が、貴方なら、壊すことが、殺すことができたはずだ。貴方の美しさを超える前に、壊すことのできない美の領域に行く前に」

「そして、それが、オトキ・コユキを殺す動機にもなっている、と仰りたいの? ケージさん? 私以上の美の存在を、壊すことのできるうちに、とでも。でもね、どうやって私が、殺せたというんです? 不可能証明を私は持っていないけれど、不在証明、アリバイはあるんでしょ」

「ええ、貴方は現場に居なかった。だから、貴方は殺していません」

「また、その矛盾ですか? 私は殺していない、だって、居ないのだから。けれど、私が殺したと、仰るんでしょ? 一体どうやって?」

「タクシーです」



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