少女の想いと決意
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少女の想いと決意
学校の昼休み。
陽射しはあり、風は心地よく吹き抜けていた。
校庭では生徒達がフリスビーやサッカーボールで遊んでいるのが見える。
木陰の下で、二人のセーラー姿の少女が弁当を広げていた。
日差しが強くなった気がする。
そう感じてしまうものが、少女にはあった。
見ているだけで明るく元気な気分になるような気がするのは、少女の持つ豪快な情緒からであった。
ポニーテールの髪をオレンジのリボンで結い、頬にかかる左の後れ毛を長めに、右の後れ毛を少し短めにすることで、アンバランスに見せる髪型をしている。
健康的な肌の色をした腕や脚は細く引き締まり、スレンダーでありながらメリハリがあった。身長は高くはないが、スタイルの良いモデル体型の少女だ。
名前を
加代は箸を休めて、隣に座る友人に話しかけた。
見して目移りしてしまうものがある。
細い筆で描かれたような柔らかで繊細な面は、花弁が開ききっていない花のような落ち着きが。そしてどこか憂いを帯びた瞳には気品すら感じさせる。
腰元まである漆黒の髪は、カラスの濡れ羽色のように艶やかでしっとりとしていた。思わず触れたくなるような、髪は緑の黒髪という表現をよぎらせる。
例えるならば、雛人形のような気品を備えた少女であった。
名前を
その少女は、お弁当箱に入っているタコさんウインナーを眺めながら、ぼんやりとした表情を浮かべている。
「ねえ。聞いてる?」
加代の視線に気付いたのか、美月はハッとしたように顔を上げ、加代を見る。
少し困ったような表情をしてから、微笑んだ。
それは見る者を安心させる笑みだった。
「ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
そう言って、美月は視線を再び弁当箱に戻す。
今度は、卵焼きを見つめながら口を開く。
とても美味しそうね、とでも言いたげな表情だった。
その表情を見て、加代は呆れたように溜息をつく。
「もう。また考え事? 何か心配事でもあるの?」
その言葉に、美月は少し考えてから答えた。
「別に何でもないよ」
しかし、言葉とは裏腹に、何かを隠しているような表情をしていた。
それが余計に、加代の心に引っ掛かった。
加代は、美月のことをじっと見つめながら言う。
この少女とは小学校からの付き合いだが、これほどまでに何かを思い悩んでいる様子なのは初めて見た。
それだけではなく、今日の彼女は妙に色気があるように思えるのだ。
いや、いつも美人ではあるが、今日はいつも以上に魅力的に見える。
まるで恋する乙女のようだ。
まさか……。
もしかして、好きな人ができたとか!?
加代は、そんな予感を抱いた。
それなら、彼女が何かに思いを馳せていることにも納得できる。
しかし、相手は誰なのだろうか。
(もしかして……)
加代は二人の共通の幼馴染である少年の顔を思い浮かべた。
確かに彼は魅力的な男性だと思う。
誰にでも優しいし、顔立ちも整っている。
それに頭も良い。運動神経だって良い。
彼ならあり得るかもしれない。
何故なら、彼のことを好きになる女の子は多いからだ。
特に同学年では、彼に好意を寄せている子は多いと思う。
「……あのさ。今日の帰りハンバーガーでも」
加代は込み入った話がしたくて、誘いをかけようとするが、美月は
それを遮るように言った。
「ごめん。今日は用事があるの……。それと加代にお願いがあるんだけど、今日は私は加代の家で一緒に勉強をしていたことにして欲しいの」
美月の声は、どこか切迫したような雰囲気を漂わせていた。
いつもの穏やかな口調とは違い、強い意志を感じさせる語調であった。
それは、加代が美月から初めて頼まれるアリバイ工作だった。
◆
放課後になると美月は、駆け足で教室を出た。
そのまま下駄箱に行き、靴に履き替えると、校舎を出て校門を出る。
学校の敷地を出ると、さらに走る速度を上げた。
息を乱しながら、走り続ける。
時折、すれ違う人々が驚いたように彼女を見ていたが、気にしている余裕はなかった。
その跡をつける影があった。
加代だ。
自分の勘が正しければ、美月のあの様子はデートに間違いなかった。
だが、何か様子がおかしかった。
美月は学校を出ると、そのまま街中へと足を運んだのだ。相手が幼馴染の少年なら、一緒に学校を出るなり、学校を出てから待ち合わせれば良いにも関わらず、待ち合わせ場所が遠いのだ。
美月の目的地が分からないまま、後を追いかけると、街の中心にある駅前に着いた。
駅の入り口で立ち止まると、辺りを見回すようにしてから、誰かを探すように視線を巡らせる。
すると、一人の男性が彼女に駆け寄ってきた。
その人物を見た時、加代は思わず目を見張った。
スーツ姿の若い男性だ。
彼は美しく整った顔に端正な輪郭を持ち、透き通るような肌は健康的で均一な色合いを保っていた。
頬にかかる程に伸ばした髪型はシンプルだが、水が滴るような艶やかさを感じるものがあった。額にかかる髪の合間から覗く瞳は理知的であり、落ち着いた大人の雰囲気がある。
背は高く、スタイルは良く、足が長くて細身でありランウェイを歩くような気品を漂わせていた。
一見すると俳優のような印象を受ける人物だ。
年齢は20代前半あたり。
いわゆるイケメンに入る美貌なのは間違いないが、中学生の美月の相手がまさか、成人男性だとは思わなかったのだ。
「美月さん」
男性は美月に微笑みかけると、彼女もそれに応じるように笑みを浮かべた。
「
美月は嬉しそうに男性の名前を呼んだ。
(えっ!?)
その反応を見て、加代は驚いた。
名前呼びをされたことに驚いたのではない。
美月の声色には、明らかに親愛の情が込められていることが分かったからだ。
つまり、二人は恋人同士ということになるのだろう。
二人は少し話すと、二人は手を繋いで歩き始める。
加代は驚きを隠せない様子で二人を見送っていたが、美月達はタクシー乗り場に行くと、そのままタクシーの乗り込む。
加代は止まっていたタクシーの助手席を叩き、ドアを開けさせると運転手に詰め寄ると共に、前方を指さして叫んだ。
「前のタクシーを追って!」
運転手は一瞬戸惑った表情を浮かべ混乱する。
「早くしなさいよ! 返事は、はいか、イエスよ!!」
加代の迫力に押されてか、運転手は慌てて車を発進させた。
加代の頭の中では様々な疑問が渦巻いていた。
美月に恋人が居るとは思わなかった。
それが成人男性だということにも驚いていた。
そんな素振りは一切見せていなかったからだ。
いや、それよりも何よりも気になることがあった。
二人が乗ったタクシーの行方だ。
「この方角って……」
加代はスマホで地図アプリを起動させて確認する。
表示されているルートは、市内の中心街を抜けて、あるエリアに向かっているようだった。
加代の中で不安が苛立ちに変わるのが分かった。
程なくして美月達の乗ったタクシーは停車する。
「ここで降りるわ! 釣りは要らないから」
そう言って、加代は財布から料金を押し付けると、釣り銭も受け取らずに車外に飛び出した。
そこは歓楽街であると同時にラブホテルが立ち並ぶ場所であった。
美月は少し躊躇う様子を見せたが、男性に促されると意を決したように頷く。手を引かれると歩き出す。
人混みに紛れていく美月の姿を、加代は追うこともできず呆然と見つめていた。
◆
翌日の昼休憩。
校庭にある木漏れ日のあるベンチで、文庫本を読んでいる少年が居た。
心が遊離する感じがした。
髪が美しい。
サラサラとした細い髪は風の囁きを聞くことなく、空を旅するように流れた。
整いすぎた顔には冷淡な印象があり、その眼差しは遠くを見つめるのではなく、まるで自分の中に閉じこもっているような寂しさを感じさせた。
彼の外見は美しかった。
それは、女性的な美しさではなく、男性的な美であった。
だが、彼を見た人はみな女性と間違えるだろう。それほどまでに、彼は中性的で、見る人を魅了した。
名前を
麗が本を読んでいると、影が差す。
顔を上げると、そこには見知った顔があった。
(おや?)
麗の目の前に立っていたのは、同級生にして幼馴染でもある少女・葛原加代だった。
長い黒髪に、人形のように可愛らしい顔立ちをした少女だ。
しかし、今は何故か怒っているような表情をしている。
加代は開口一番に言った。
「麗。美月に恋人ができたの」
それを聞いても、麗は眉一つ動かすことなく、季節の往来を知っていたかのように動揺した様子もなかった。まるで予想していたかのように落ち着き払っていた。
「美月にね。人を好きになるのは良いことだよ」
麗の口調はとても冷静だ。
まるで天気の話をするような調子で言う。
しかし、加代にとっては晴天の霹靂とも言うべき出来事なのだ。加代は麗の読んでいた文庫本を引ったくる。
「真面目に聞いて。親友に好きな人ができて、美月が幸せそうだったなら良いことよ。例え年齢差があってもね」
加代の言葉に、麗の表情が一瞬だけ動いた。
「……何か問題があるのか? 相手は年上。高校生か?」
加代の目が険しくなる。
「10歳は上よ。つまり大人。イケメンで凄く恰好良いわ。あの人を見たら、同級生の男子なんて子供にしか見えないでしょうね」
麗は微笑した。
「年上だな。まあ、いい人と巡り合ったならいいじゃないか」
それを聞いた瞬間、加代の頭に血が上った。
「いい人? 冗談じゃないわ。どんなに見た目が格好良くても、中学生の美月をラブホテル街に連れ込むような男よ! そんな男に大事な親友を任せられると思う!?」
激昂して叫ぶ加代に対して、麗は初めて眉を動かした。
加代の心傷を今になって思い知ったのだ。
麗は、それを後悔した。
加代は本気で悩んでいたのだ。
(そうか……)
麗は自分の
加代の言う通り、中学生の少女をホテル街に連れ込む男がまともな人間であるはずがないのだ。
自分は大事なことを見落としていたのだ。
そもそも中学生と成人男性が付き合うということ自体が異常なのだ。麗は冷静になりながらも、そんな簡単な異常性を問題視しないことに自分が愚かしいと思った。
だからだろうか。
今になって、麗の中に怒りにも似た感情が沸き上がるのを感じた。
幼馴染の友人を、こんな形で傷つける男に対する憤りを感じていたのだ。
自然と拳を握り込んていた。
「美月の恋愛に関して、いくらオレ達が幼馴染とはいえ、美月が幸せならとやかく言う権利はない。でもな、美月はまだ中学生だ。いくら相手のことを想っていたとしても、まだ早すぎる」
麗の意見に加代も同意せざるを得なかった。
「美月を
それに対して、麗は静かに同意した。
「放課後。美月を付けよう」
その言葉に、加代は黙って頷くのだった。
◆
加代は美月と話す機会があると、麗と3人でカラオケに行かないかと誘った。
美月は残念そうな面持ちをするが、加代の予想通りに放課後に用事があると言って謝った。
放課後になると、加代と麗は美月の後を付けた。
昨日は中心街だったが、今日は人気の無い公園に向かった。
「今日は公園に行くみたいね」
加代は緊張した様子で言った。
「恋人同士が待ち合わせをするには定番の場所だな」
麗も同意するように頷く。
美月はベンチに座ると、腕時計を気にする素振りを見せた。
加代と麗の二人は、ベンチから斜め前にある木陰から様子を窺うことにした。5分くらいすると、一人の男性がやって来た。
長身の男性で、スーツが良く似合う紳士然とした人物だった。
「アイツよ」
加代は憎々しげに呟く。
「色男だな」
麗も頷く。
男性は笑顔で手を振ると、美月に歩み寄る。
美月は立ち上がると、その男性の元に駆け寄った。二人は親しげな様子で話し始めた。
それから二人はベンチに座り直す。
美月の左側に男性は座った。
加代が動こうとすると、麗が静止するように肩を掴んだ。
「まだだ。男が言い逃れができない状況になるまでは待て」
麗の言葉に、加代は渋々従う。
暫くの間、二人は楽しそうに談笑していたが、やがて男性は美月の手を取る。
(やっぱり)
加代の顔が歪む。
美月の手を握る男の手はいやらしい。明らかに恋人繋ぎだった。
加代の中で怒りが込み上げてくる。
だが、麗は冷静なままだった。
「まだだ」
麗の目は鋭く光っていた。
(この男は必ず尻尾を出す)
麗の目には確信めいたものがあった。
男性は美月の肩を抱くと、美月と彼は視線を合わせた。二人の唇が重なるように近づくのが見える。
「あの男!!」
加代は歯ぎしりした。
その横では、麗が拳を握っていた。
二人の気持ちは限界に達しようとしており、美月と男性の前に
「待て!」
麗は叫んだ。
すると美月は突然現れた、麗と加代の姿に驚いた表情を見せた。
「え? 加代、麗まで。どうしてここに……」
それは、男性も同様で、驚きの表情を浮かべている。
「え!? 美月さんの、お友達?」
男性は突然の事態に狼狽するばかりであった。
すると加代が一歩前に踏み出し、男性の前に出ると言った。
「何が、お友達よ。よくもアタシの親友を
加代の顔は憤怒に満ちていた。
それは殺意に近い感情だったかもしれない。
「同じ男として、お前の様な奴が居ることが信じられない。恥を知れ」
麗もまた、氷のように冷たい声ながら、
「ちょっと。加代も麗も、どうしちゃったの……」
美月は立ち上がって、二人を
麗は、ゆるりと右拳を浮き上がらせる。
左脚を捻りながら腰を捻転させ、右腕を腰の回転で放り出されるように突き出す。
そして、右拳を放つ。
同時に左腕を折り畳むように引き絞る。
腰を入れた完璧なフォームで放たれた一撃は、寸分の狂いもなく男性の顔面を撃ち抜く。
日本拳法・面突きだ。
だが、美月が男性の右肩を手で突いたことで、面突きは、男性の右側頭部を抜け、かろうじて直撃を免れる。
「ヒィ!」
男性は悲鳴を上げ、ベンチから転がり落ちる。
「美月。邪魔をするな」
麗は冷たく言い放つ。
その間に加代は男性へと間合いを詰めると、左脚を膝を臍前に上げる。
重心を右脚の親指側に乗せ、腰を入れるようにして、左脚の側面部で押し切るように蹴り、男の顔面を襲撃する。
少林寺拳法・足刀蹴りだ。
素足でも危険だが、靴のエッジを活かすことで危険度はさらに跳ね上がっている。
そこに美月が割って入る。
美月は加代の足刀蹴りに対して、腕を円を描くように動かして軌道を変えて蹴りを反らす。
「ちょっと。加代も碧さんに、何てことするのよ!」
美月は怒鳴るように言った。
しかし、加代と麗は聞く耳を持たなかった。
「それは、こっちのセリフよ。美月が誰かを好きになるのは自由だし、幸せになれるならアタシも認めるわ。でも、いい年した男が中学生の女の子をラブホテルに連れ込んだりワイセツ行為をするなんて許せない」
加代の言葉に、美月は目を丸くする。
「ホ、ホテル……。ちょ、加代何言ってるの。私、そんな所に行かないわよ」
その言葉に、今度は加代と麗が驚く番だった。
まさかの反応だった。
「ウソ言わないで。アタシ昨日、そこの男が美月を連れてホテル街に入って行くところを見たのよ。それに、今だって未成年の美月にキスしようとしてたじゃない。これが犯罪じゃなかったら何なのよ!」
その言葉に、美月の表情が凍り付いたように見えた。
碧は、脚を内股にしてガタガタと震えている。
中学生とはいえ、二人の面突きと足刀蹴りの二連撃に殺意が籠もっているのを肌で感じた故だ。
「……ご、誤解です。私、美月先生にそんなことしていません」
碧は、手を合わせて命乞いをした。
麗と加代は、碧の言葉と態度に違和感を拭えなかった。
「先生?」
と麗。
「美月が?」
と加代。
碧の必死の懇願に、彼が嘘をついているとは思えなかったのだ。
すると、美月は碧に近づくと後頭部で縛っていた髪を解いた。ヘアアレンジが巧みで、そこで髪を束ねていたことすら分からなかったが、そこを解くとストレートロングに戻る。
「「え?」」
その姿を見た麗と加代は驚愕のあまり言葉を失った。
そこにいたのは、スーツを着た男性ではなく、長髪の女性だったのだ。
「彼女は、
美月の紹介に、二人は絶句するしかなかった。
「どういうことよ」
加代は美月に説明を求めた。
美月は、呆れた様子で溜息を吐くと言った。
碧は、モデルの仕事をしているのだが、仕事柄か言い寄られることが度々あったらしい。時にはセクハラ紛いか、性犯罪に近い行為にまで迫られたこともあった。
その為、碧は男装をすることで、女性であることを隠して生活するようになったのだ。
だが、女性としてプライベートなファッションも楽しむこともできない。
ある時、暴漢に絡まれていたのを美月が助けた。
美月は祖父が合気道をしていたこともあって、幼い頃から合気道をしており、その腕前は道場の中でも師範代クラスだ。
合気道は「小よく大を制する」、投技・固技・関節技により、相手を傷つけずに制することが可能としている。
故に打撃技の稽古は少ない。
美月は、日本拳法をしている麗、少林寺拳法をしている加代との交流から、打撃技を独自に取り入れることで、実戦型合気道として作り上げている。
そんな美月を碧は先生として憧れたのは、ごく自然な成り行きだった。
碧は、美月の祖父の道場に入門する。
彼女の合気道にかける姿勢は、武道家としての生き様を感じさせ、多くの門下生を魅了した。
だが、実戦となるとやはり道場で行うような技を発揮できなかった。
そこで、美月と共に歓楽街に繰り出し、二人で組手を行うことで実戦の空気と度胸を学ぼうとしたというのだ。
「じゃあ、なに。昨日、美月がホテル街に行ったのって、そういうことだったの」
加代は呆れたように言った。
だが、これで昨日のことは納得できたし、二人の行動にも理解ができた。
「さっきベンチでしていたことは?」
麗の問いに、美月が答える。
「ああいうシチュエーションでの対処法を教えている所だったの。私なら、まず掌底で顎を打ち抜いて相手が怯んだ隙に手首を返して関節を決めて、地面に投げ飛ばす。という方法を説明しようとしていたの」
それを聞いて麗と加代は溜息を吐いた。美月が、男に迫られて無理矢理キスをされそうだと本気で心配した故だ。
「……そうだったのか」
麗は申し訳無さそうにし、碧に頭を下げた。
「事情も確認もせず、突然殴りかかってしまい。申し訳ありません」
「アタシも、とんでも無いことをするところでした」
二人は碧に謝罪する。
その様子を見た碧は、慌てて手を振る。
「そんな。私の方こそ、美月さんに不貞行為をするような誤解を与えて申し訳ないです」
こうして三人は和解したのだった。
「よかった」
それを見ていた美月は安堵すると同時に、この様な事態を招いてしまったことに責任を感じていた。
「私の方も、ゴメン。加代にアリバイ工作した時に事情を説明していたら良かったよね」
美月は幼馴染の二人に心配をかけたことを謝った。
それから暫くの間、4人は和やかに護身における技術と心構えについて話し合うと共に、実際に技を試したりしていた。
4人が打ち解けるのに時間は掛からなかった。
そして日が落ちる頃になると、解散となった。
◆
夕暮れ時になると、人々は一日の疲れを癒しに家路につく様子が目に見えた。
街には淡い雰囲気が漂い、時間がゆっくりと流れるような錯覚を覚える。そんな中を、3人組の少年、少女達が談笑しながら歩いていた。
麗、加代、美月だ。
加代は緊張を解くように背伸びをし、欠伸をした。
「それにしても。二人が襲って来た時は、どうなることかと思ったわ」
美月は胸を撫で下ろながら安堵の息を吐いた。大事には至らなかったものの、一歩間違えば大変なことになっていたのだ。
「まったくだ」
麗も同意しながら、女性の顔面に突きを放ったことを激しく後悔していた。それもこれも、元凶となったのは一人の勘違いからだ。
不意に美月と麗は、加代の方を見る。その視線の痛みに、加代は表情を固くし身じろぐ。
「……し、仕方ないじゃない。アタシは美月が男に遊ばれているように見えちゃったんだから」
加代の言葉に麗は頷く。
「……まあ。そうだな」
麗にしても加代にしても、美月を心配する気持ちは同じなのだ。
ただ、それが過剰になり、暴走してしまっただけなのだ。
「加代、麗。心配かけて、ごめん。それと、ありがとう」
美月は碧の為とはいえ、その行動が二人に心配をかけたことを反省した。
幼馴染の二人が心配してくれたことは本当に嬉しかったし、麗と加代が自分の事を真剣に想ってくれていることに感謝を覚えたのだ。
そんな二人に心配をかけたことを申し訳なく思うのだった。
加代は独り笑う。
「でも良かった。アタシ、美月が先に乙女を卒業しちゃったかと思っちゃったわよ」
その言葉に、美月は赤面して反応する。
「ちょ、ちょっと! 変なこと言わないでよ!」
美月の視線は、麗を気にするように泳いでいた。
だが、麗は気にした様子はなく平然としている。
それを見た加代がニヤニヤしながら言う。
「あれ? もしかしてまだなの?」
その言葉に、美月は顔を耳まで真っ赤にする。
それを見て、加代が楽しそうに笑う。
「あ、当たり前でしょ。私は、まだ中学生だし……。好きな人なんて、今まで居なくて……」
そう反論すると、美月は今度は急にシュンとなる。自分で交際も恋愛もしたことが無いのを言ってしまったことが恥ずかしかったのだ。
すると、麗が助け舟を出すように呟く。
「何はともあれ、美月が妙な男に入れ込んでいなくて安心したよ」
麗の言葉に美月は
確かに自分は男子との交際経験がある訳ではない。自分の恋愛経験が無いから、交際の仕方も知らない。同級生よりも遅れていることは自覚している。
だから今、自分が抱えている想いは憧れなのか恋慕なのか分からなかった。
いや、本当は分かっている。
それを認めることができなかった。認めてしまえば、今まで築き上げて来た友人との関係が崩れ去ってしまうような気がしてならなかったから……。
そんな葛藤の中、
「大丈夫だ。きっと良い出会いがあるさ」
そう言って、麗は美月に微笑んでくれた。
美月は、その笑顔を見て、鼓動が高まるのを感じた。
ああ、やっぱりこの人のことが好きなんだと思った。
彼の優しさが好きだ。彼の笑顔が好きだ。彼の全てが愛おしいと思う。
もう認めるしかなかった。
彼への想いを……。
(そうか、これが私の初恋だったんだ)
美月が、そう思った瞬間、涙が一筋溢れた。
それを拭うと、彼に微笑みかける。
今はこれでいい。
いつか自分の気持ちを伝えることができる時まで、この気持ちを仕舞っておこうと心に決めたのだった。
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