第11話

 文福が買った春画は全て風呂敷の中へと包まれた。茶屋にいる他の客の視線が刺さる。

「文福さん、お店出ましょうか」

 椿が声を掛けると、文福も同じように思っていたらしくほっとした様子を見せた。


「先程は大変お恥ずかしい所をお見せいたしました……」

 黒々とした瞳に涙を浮かべる姿が哀愁漂う。

「いえ……」

 椿と文福の間に気まずい空気が流れた。


「あの風龍国の長の側近はとんでもなく腑抜けた奴なんですなぁ」

 突如、小馬鹿にしたような声が頭上から振りかかった。店の屋根に小鬼が立っている。小鬼の体からは冷気が漂う。辺りが急激に冷え込んできた。

「残雪……!」

 文福は憎々しく小鬼の名を呼ぶ。

「ほっほっほ、たかが狸にわしの術は破れまい」


 椿はどんどん体が冷えていくのが分かった。これも、小鬼の術。肌には氷の結晶が浮かび上がり、自分が凍りそうだと気付く。

 文福は既に凍っているらしく、置物みたく動かない。椿も足さえ動かせなくなる。

「わしは長の座が欲しい……。お前達を人質にあの若造を脅すのじゃ」

 残雪と呼ばれた小鬼は、不愉快な笑い声をあげる。


 意識が朦朧としてきた。誰かに助けを呼ぼうと周りを見るが、あれだけ居た妖怪達が居ない。黄金も居なかった。

 おそらく、椿と文福は残雪が作り出した空間に閉じ込められているのだろう。

 もう終わりだ。椿は意識を手放そうとした。


「ふざけんなぁっ!」

 寒さに震えていた椿の体に温もりが戻る。自由に動かせる手足に安堵した。背後を振り返ると、玲が立っている。助けに来てくれたのだ。

 玲は鋭い爪で残雪の空間を破り、術を解いてくれた。


「お前なぁ、人質取って長を降りてもらおうなんて姑息なんだよ!」

 凍りついたままの文福を弾き飛ばし、玲は残雪のもとへ歩みを進めた。怒れる玲の殺気に小さく震えるばかりの残雪。

 残雪の首を片手で掴むと、顔を近付け怒鳴る。


「長になりたかったら試合で勝て!」

 残雪は震える口を懸命に動かす。

「わ、わしもずっと長降ろしをしておった。でも、ずっと負け続けて周りからお前じゃなれない、諦めろと言われて……。悔しくて」

「それは未熟なお前が悪い」

 青みがかった灰色の瞳には、痛みを感じるほどの殺気が宿っている。


「お前の都合にこいつらを巻き込むんじゃねぇ。次やったら滅するぞ」

「そ、それだけはご勘弁を……!」

 玲は残雪を投げ飛ばすと、椿の方へ振り返る。術も完全に解け、文福も自由になった。


「玲さん、ありがとうございます」

 本当に危ないところを助けてもらった。椿は感謝の気持ちでいっぱいだった。

「礼なら黄金に言ってやれ。こいつが呼んでくれたんだ」

「そうなの、黄金?」

 玲の足元にいた黄金は嬉しそうに椿を見上げている。抱き抱えると、顔を舐めた。

「ありがとうね」

「きゅい!」


 氷が解け、毛についた水を払いながら文福は玲に抗議する。

「玲様、お助けくださりありがとうございました。しかしですね、凍った儂を蹴飛ばすのは如何なものかと……」

「すまん、気付かなかった」

「目の前に居たんですがねぇ」

「俺の進路に居たお前が悪い」

 玲は椿に帰るぞ、と言い前を歩き始めた。蹴飛ばされた恨みを延々告げる文福と、聞き流す玲が面白くて椿は笑いながら帰った。


「きゅ、きゅきゅきゅ」

「どうしたの?」

 帰り道、椿の腕に抱かれた黄金が何かを訴える。しきりに山の方へ顔を向けていた。

「山がどうしたの?」

「きゅい、きゅ、きゅ!」

 黄金は何かを伝えたいようだが、椿には全て理解する事は出来ない。


「おい、ちんちくりん! 早くしないと、置いていくぞ」

 山の方を黄金と見ていると、少し離れた所に立つ玲が声を掛ける。

「黄金、今度山に行ってみようか」

「きゅ~……」

 黄金に言い聞かせ、椿は玲達の元へ走った。

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