第9話

「拙者では歯が立たなかった……」

 長降ろしの帰り道、試合を振り返っていた棕梠は悔しげに呟く。

 風龍国で最も長に並ぶほどの実力者と呼ばれる棕梠は、力に自信があった。実際試合ではずっと勝っているし、どれほど腕に自信があろうとも棕梠に勝てる者はいない。

 和菓子屋で働く傍ら日々鍛練を怠らず、目標に向かってひたむきに生きてきた。


 それなのに、玲に膝をつかせることすら出来なかったのだ。自身の実力不足なのは分かるが、悔しくて堪らない。

 玲の弱点が毒と知ったときは、自分の強みを活かせる、勝てるのではと思ったが駄目だった。

「拙者は長になれないのかな……」

 幼い頃から長になるという夢を見ていた。実現する為に、やりたい事があっても我慢して、鍛練に励んだ。それでも棕梠では玲に届かない。


「悔しいが、また修行しよう」

 気持ちを切り替えていこう、と棕梠は前を向く。すると、視線の先に不気味な小鬼がいた。

 小鬼はくぼんだ目で棕梠を見ている。背筋が凍るようで、寒気がした。

 足早に去ろうと、棕梠は目を合わせないよう小鬼の前を通り過ぎる。

「そこの若いの」

 話し掛けられてしまった。無視をすれば良いのだろうが、人が良い棕梠はそれが出来ない。渋々、小鬼へと振り返る。


「さっき、長降ろしをしておったじゃろう?」

「は、はい。それが何か?」

 小鬼は全てお見通しだと言わんばかりに、口を開けて笑った。何本か歯が抜けている。

「お前さん、負けたのじゃな」

 棕梠は黙って頷いた。

「悔しいんだろう? 強くなりたいだろう?」

「その為に拙者は日々鍛練を欠かさないよう心掛けます」

 それでは、と棕梠は去ろうとしたが小鬼は引き留める。


「秘密の修行を知っておるか?」

 強くなりたいと願う棕梠に、小鬼の話に興味を抱かせるのに充分な問いだった。棕梠が足を止めると、にやりと微笑む。

「鳳仙にある祠に宝玉があってのう。それを割ると、鳳仙の主が目覚める。主に手合わせを願い出るのじゃ」

「あの霊山には九尾が封印されているはずでは……」

 棕梠の言葉に小鬼は馬鹿にしたように鼻で笑うと、首を左右に振った。


「鳳仙に近付かせない為の方便じゃ。主に気に入られたら、稽古を付けてもらえるぞ。あの強力な霊山の主じゃ、実力も相当。手ほどきを受ければ、長にも勝てるじゃろう」

 小鬼は下品に笑い、霧が晴れるように消えていった。

「霊山の主……」

 棕梠は雲に隠れる霊山・鳳仙を見つめて呟いた。



 玲は1日経っても眠ったままだった。解毒剤が効いているのか分からないが、熱が下がらない。心配になった椿はつきっきりで看病する。

 高熱にうなされる玲の汗を拭いてやり、冷たい手拭いを額に乗せる。その繰り返しだ。


 途中で文福が交代しましょうと来てくれたが、椿は断った。どうしても自分が玲の傍に居てやりたいのだ。何故、強く思うのか分からない。

 もしかしたら、玲と椿の間に縁があるからなのかも知れない。

 そんな事を考えながら玲の看病をしていると、悪夢にうなされているのか、玲が寝言を呟く。


 苦しそうに何かを呼んでいるが聞き取れない。

 安心させるように玲の頭を撫でると、落ち着いたのか寝息を立て始める。

「……兄貴」

 ぼそりと聞こえた寝言はとても寂しげだった。玲の言葉に、一緒に来ていた黄金が反応する。

 黄金は玲の顔を舌で舐め、耳元で丸くなって一緒に眠った。黄金の温かさが気持ち良いのか、玲は静かに深い眠りへと落ちていく。


「黄金ってばお兄ちゃんのつもりなのね」

 微笑ましくて椿はくすりと笑った。黄金と玲を見ていると、本当に兄弟のように思えてくる。体格から黄金が弟、玲が兄に見える。

 椿は黄金も玲も撫でてやりながら、傍を離れなかった。



 玲が目覚めたのは真夜中の事だった。

 ずっと眠りこけていたせいか体が痛い。暗闇の中、視線をさ迷わせると黄金と椿が居た。

 玲が眠る布団の隣で、畳に寝転がり椿は寝ていた。

「ずっと居てくれたんだな……」

 玲は立ち上がると、椿を抱き抱える。腕の中で身動ぎするが、目を覚まさない。

 玲はそのまま自分の布団に寝かしつけると、椿の隣で横になる。


「朝になったら驚くかもなぁ」

 いつの間にか玲と同じ布団で寝ているのだ。かなり驚くだろう、と玲は微笑んだ。

 明日、椿の驚く顔を見るのが楽しみだ。そう考えながら玲は再び意識を手放した。

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