第115話 祭りの終わり

 庭園にあるコスプレエリアに行かなかった僕達の判断は結果として当たっていた。

 庭園にいた時とは違い西ホールの2階に設置されたコスプレエリアにはカメラマンの数が少なく、純粋にコスプレイヤーを楽しんでいる人の割合が多いと思う。



「斗真君、斗真君!! 次はあっちに行こう!」


「うん」



 このエリアに来たななちゃんはたいそう興奮しており、持っていたデジカメを使い張り切ってコスプレイヤーを撮影している。

 時には撮影するだけでなく同胞の人達から撮影されることもあり、純粋にコスプレというものを楽しんでいるように見えた。

 



「えっ!? その格好、あたしと同じ格闘ゲームに出てくるキャラクターじゃないですか!?」


「そうですよ! お姉さんのキャシーコス、ものすごくエッチですね! 一緒に撮りましょう!」


「いいよ! 一緒に撮るなら、誰かに撮影をお願いした方がいいな」


「そこは任せて下さい! 斗真君! 撮影をお願いしていい?」


「いいよ。最初はお姉さんのカメラで撮影しますか?」


「私は後回しでいいよ。先に彼女さんのカメラで撮影しな」



 この場所はなんて民度がいいのだろう。

 先程の庭園の時とは違い、こちらのエリアはカメラマンから一方的に撮影されるというよりもコスプレイヤー同士で撮影をして、交流を深めているように見えた。



「はい、OKです。今撮影をしたので、カメラをお返しします」


「ありがとう。君みたいな可愛い子と一緒に撮影出来て、私は嬉しいよ」


「あたしもお姉さんみたいなセクシーな人と写真が撮れて嬉しいです」


「嬉しいこと言ってくれるじゃん! ありがとう」



 ななちゃんもたまたま知り合った同じゲームのキャラクターのコスプレをしたレイヤーさんと知り合い、楽しそうに話している。

 2人のやり取りを見ていると、先程の場所に戻らなくてよかったと心の底から思った。



「こんなに可愛い格好をしたコスプレイヤーがいたなら見逃さないはずがないんだけど、もしかして君達はさっきこの会場に来たの?」


「違いますよ。あたしたちはイベントが始まるのと同時に会場入りしました」


「それなら今までどこにいたの?」


「庭園エリアです」


「えっ!? 貴方達さっきまで庭園にいたの!?」


「はい、そうですよ。驚かれているようですが、それがどうしましたか?」


「あそこの庭園って変な人が多いのよ。こういうイベントが初めてなら、あそこに行くのはやめた方がいいよ」


「そうなんですか?」


「そうよ。コスプレイヤーの人権を無視して、強行撮影をしようとする人やわざとローアングルにカメラを構えてレイヤーのパンツを下から撮ろうとする人もいるの。もしそういうことをされるのが嫌なら、あそこは行かない方がいいわよ」


「うわっ!? あの場所ってそういう所だったんですか」


「もちろんまともな人の方が圧倒的に多いけど、稀にそういう人がいるの。たぶんきわどくて露出が激しいコスプレをしている人が多いのが原因かもね」



 どうやら僕達が行った所はあまり治安が良くなかったらしい。

 これからはあそこに行く時は気をつけよう。

 普段着を着ている僕とは違いななちゃんはコスプレをしているので、あの場所には極力連れて行かない方がいいかもしれない。



「わかりました。次からは気をつけます」


「うん、そうした方がいいよ。ちなみに今私が言ったことは彼氏君も忘れないようにね」


「はい、わかりました」


「よろしい。ちゃんと彼女を守ってあげるんだよ」



 そう言ってキャシーのコスプレをしたお姉さんは別の所へと行ってしまった。



「あそこってそういう場所だったんだ」


「そうみたいだね。次に行く時は気をつけよう」


「うん!」



 今度は僕もしっかりと下準備をしてから、イベントに行くようにしよう。

 今日はたまたまそういう被害にあわなかったからいいものの、一歩間違えればななちゃんを危険なことに巻き込んでいたかもしれないと思うと背筋がゾッとする。



「(この失敗を繰り返さないようにしよう)」



 心の中で僕はそう誓った。



「一通りこのコスプレエリアを見たけど、ななちゃんは他に行きたい所ってある?」


「あたしはたくさん同人誌を買って色々なコスプレイヤーさんの写真が撮れたから満足だよ! 斗真君は他に行きたい所はないの?」


「僕も特にはないかな」


「それならこれ以上ここに残ってると満員電車に巻き込まれそうだし、そろそろ帰る?」


「そうだね。もうすぐ閉幕の時間だし、更衣室も混雑すると思うから帰ろう」



 それが僕やななちゃんにとって1番いい選択だと思う

 今日は1日中歩き回ってお互い疲れてるし、それが最善の策のように思えた。



「それじゃああたしは更衣室に行って着替えてくるね」


「わかった。そしたら僕はここで待ってるよ。荷物は預かるから僕に頂戴」


「ありがとう! すぐ戻ってくるから、ちょっと待っててね」



 それから僕はななちゃんの着替えが終わるまで、更衣室の前で待った。

 すると僕の前によく知る顔の人が通りがかった。



「あれ? 斗真。こんな所で何をしてるの?」


「ねっ、姉さん!?」


「今日は菜々香ちゃんとこの会場に来ていることは知ってたけど、こんな所で会うなんて奇遇じゃない」


「うん、そうだね」


「そういえば菜々香ちゃんはどこにいるの? もしかしてはぐれちゃった?」


「はぐれてないよ!? ななちゃんは今更衣室で着替えをしているんだよ」


「そういえばあの子、今日はコスプレをするって言ってたわね。あ~~~失敗した!! 私も菜々香ちゃんのコスプレが見たかったな」



 姉さんをななちゃんのコスプレを見れなくて本気で悔しがっている。

 いつもは冗談交じりに発言しているが、この様子を見る限りどうやら本気でななちゃんのコスプレが見たかったようだ。



「姉さんは朝早くから出かけてたけど、何をしてたの?」


「それはもちろん挨拶周りよ。うちのVTuberのキャラクターデザインを担当してくれてる人が今日出展してるから、その人達に挨拶をしてたの」


「なるほど」


「それからグッズ制作をしている人とか、他の事務所の人とも会ったわ。他にもイベントに来てた声優さん達にも一通り声をかけて‥‥‥」


「わかった。もういいよ。教えてくれてありがとう」



 姉さんがここに来て何をしているのかわかっただけでいい。

 僕達が遊んでいる間に、姉さんも色々と大変だったみたいだ。



「お待たせ、斗真君」


「菜々香ちゃん、お疲れ様」


「琴音さん!? いたんですか!?」


「ちょうど今斗真と合流した所よ。それよりも今日のコミフェスは楽しかった?」


「はい! ものすごく楽しかったです!」



 ななちゃんに楽しいと言って貰えてよかった。

 そう言ってもらえるとこのイベントに誘ったかいがある。



「斗真はどうだった?」


「僕もななちゃんと1日遊べて楽しかったよ」


「そしたら来年も2人で遊びに行こう♡」


「そうだね。また来年ここに来よう」



 来年はお互いに受験があるけど、1日ぐらい遊んでもいいだろう。

 その時はまたななちゃんと今日みたいにのんびりとコミフェスを周れるといいな。



「せっかくだから一緒に帰りましょうか」


「そうだね。姉さんはどうやってこの会場に来たの?」


「電車よ。斗真達と移動手段が同じなはずだから、一緒に帰れるわ」



 姉さんが電車で来るなんて意外だ。僕はてっきり車に乗って来たものだと思った。



「それじゃあ帰りましょう」


「そうだね。行こう、ななちゃん」


「うん!」


「どうしたの、姉さん? そんな変な目で僕達の事を見て?」


「いや、言いたいことは色々とあるんだけど‥‥‥‥‥いつの間にあんた達は手を繋ぐような関係になったの?」



 そうだ、忘れてた!? 今日移動する時にずっと手を繋いでいたので、当たり前のようにななちゃんの手を取ってしまった。



「ごめん、ななちゃん!? 今手を離すね」


「うっ、うん!?」



 ななちゃんもそのことを姉さんに指摘されて動揺しているようだ。

 恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、慌てて手を離す。



「なんだ、そのまま手を繋いでてよかったのに」


「そんな風にニヤニヤ笑ってる人の前で、そんなこと出来ないよ」



 また姉さんの悪い所が出た。僕とななちゃんの両方をからかって楽しんでいる。



「それじゃあ帰りましょうか。途中どこかテイクアウト出来るお店によって、夕ご飯を買っていきましょう」


「わかった」



 それから僕はななちゃんや姉さんと一緒に展示場の最寄り駅へと向かう。

 閉幕前ということもあって、僕が予想していたほど電車は混雑していなかった。


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