第109話 ママ襲来!!

「他のサークルの列はどんどん進んでいるのに、このサークルだけ列が進まないね」


「そうだね。何でこのサークルだけこんなに進みが遅いんだろう?」


「これはあたしの推測だけど、このサークルの進みが遅いのは新刊や既刊の他に色々なグッズを売っているからだと思うよ」


「どういうこと?」


「言葉の通りだよ。新刊だけ売っている所ならおつりは殆どでないし、並んでる本を渡せばいいだけだから回転率が早いのはわかるよね?」


「うん。安い所だと大抵500円、どんなに高くても1000円で売っている所が多いから、殆どおつりの計算をする必要がないのはわかるよ」


「だけど本の他にグッズを売っているサークルは少しだけ勝手が違うんだよ。グッズのセット売りをするならまだマシな方だけど、単品売りだと1つ1つダンボールを探して取り出さないといけないし、お金の計算も複雑になってくるからものすごく大変なの」


「なるほど。なんとなくこのサークルの進みが遅い理由がわかったから、これ以上説明しなくても大丈夫だよ」



 今のななちゃんは実際にサークル参加したことがあるぐらい説得力があった。

 確かにそういうことなら列の進みが遅い理由もわかる。なのであまりイライラしないで待つことにしよう。



「でもなんだかんだいって、もうすぐ買えそうだね」


「そうだね。斗真君は何を買うか決めた?」


「うん。僕はグッズがついてくる新刊セットを買うつもりだよ。ななちゃんは何を買うの?」


「あたしは新刊セットとタペストリーと抱き枕を買う予定だよ!」


「えっ!? それ全部買うの!?」


「そうだよ! 何かおかしかった?」


「おかしくないよ!? だからななちゃんは気にしないで!?」



 なんでもないようにななちゃんはいうけど、今言ったグッズを全て買うと2万円以上する。

 それをポンと一括で買えるなんて凄い。どうやらななちゃんと僕の懐具合には大きな格差があるようだ。



「次はあたし達の番だから、早く買おう!」


「うん」



 それから僕達はサークルの前でそれぞれ欲しい物を買う。

 2人同時に列から抜けるとななちゃんは自分の欲しい物を全て買えて満足そうな表情をしていた。



「よかった。このサークルの新刊とグッズを買えて」


「‥‥‥うん、そうだね」


「どうしたの、斗真君。新刊セットの紙袋をまじまじと見て。そんなにそのキャラクターが気に入った?」


「そういうわけじゃないけど、ちょっとね」



 僕がこうして紙袋を見ているのにはれっきとした理由がある。

 ただ単にこのキャラクターが好きだという理由でこの紙袋をこんなにまじまじと見ていない。



「(この紙袋の絵柄、どこかで見たことがあるんだよな)」



 一体僕はこの絵柄をどこで見たんだろう。見れば見る程既視感が湧いてくる。

 紙袋に描いてあるキャラクターは僕も知ってるアニメキャラクターなんだけど、それ以上にこれと似ている物を僕はどこかで見たような気がした。



「ななちゃん」


「何?」


「僕の見間違えかもしれないけど、この紙袋のキャラクターに見覚えはない?」


「あると思うよ。だってこの紙袋のキャラクターって、この前一緒に見たアニメのキャラクターでしょ?」


「いや、そうじゃなくて。この絵柄、どこかで見たことがあるような気がするんだよな」



 見ているだけで癒されるこのイラスト。僕はこのイラストをどこかで見たことがある。

 でも僕はこれをどこで見たんだろう。毎日のようにこの絵柄を見ていた気がするけど、どこで見たのか思い出せない。



「すいません!?」


「はい。どうしましたか?」


「あっ!? いや、貴方に声をかけたのではありません!?」


「それなら人違いですか?」


「いえ、人違いではなく‥‥‥私はそちらの女性に話がありましてお声がけさせてもらいました」



 目の前にいる中世的な美少年は太陽が燦燦と輝くこの酷暑の中、黒のジャケットと黒のスキニーを履いているにもかかわらず、汗を1滴もかいてない。

 そのさわやかな笑顔は多くの女性を魅了できるほど、綺麗な笑みを浮かべていた。



「(にこやかな表情で声をかけているけど、なんだかものすごく怪しい)」



 この人は一体どんな用件でななちゃんに声をかけたのだろう?

 今まで彼女の関係者と会ったことはあるけど、僕はこの人のことを見たことがなかった。



「(もしかしてナンパ目的でななちゃんに声をかけたのかな?)」



 それならそれで、僕がちゃんと断りを入れないとまずいことになる。

 稀に会場でコスプレイヤーにナンパをしてお持ち帰りをする人もいるらしいので、こういう輩に対してはっきりと断りをいれるべきだ。

 意を決して僕はななちゃんを庇うように1歩前に出た。



「すいません。ナンパだったらやめてもらえませんか? 迷惑なので」


「なっ、ナンパじゃないですよ!? 私はただ、神倉ナナさんにご挨拶をしようと思って、お声がけをさせてもらいました!?」


「えっ!? 貴方は神倉ナナを知ってるんですか!?」


「はい、もちろん知っています」



 神倉ナナの正体を知ってるなんて、この人は何者だろう。

 その事を知ってるのはごく一部の人間だけなのに。何故この人はその秘密を知っているんだ?

 その話を聞いて、この人に対する僕の警戒心がより上がった。



「斗真君、心配しなくても大丈夫だよ。あたしもこの人のことを知ってるから」


「ななちゃんはこの人の正体を知ってるの?」


「うん! だってこの人、あたしのママだもん」


「ママ!? どういうこと!?」


「自己紹介が遅れました。私はバーボンみつみと言って、神倉ナナの作画イラストとLive2Dを担当させていただいてます」


「えぇ~~~~~~!?」


「斗真君、そんな叫ぶと周りに人に迷惑だよ」


「そんなこと言われたって、この状況で驚かない方がおかしいでしょ!?」


「そうかな?」


「そうだよ!? だって目の前にななちゃんのイラストを担当した人がいるなんて、普通は思わないでしょ!?」



 どうりで紙袋に描かれているキャラクターに対して見覚えがあるわけだ。

 いつも配信でななちゃんのキャラクターを見てるからこそ、この紙袋のキャラクターに対して既視感を感じてたのか。目の前にいる人の正体を知って納得した。



「すいません。そちらの男性はもしかして、ナナさんの彼氏ですか?」


「かっ、彼氏!?」


「はい。今だって仲睦まじく手を繋いでますし、ナナさんが楽しそうに笑っているのを見てそう思いましたけど、違いましたか?」


「だって、斗真君。この際だから、あたし達付き合っちゃおうか♡」


「こんな所でからかわないでよ!? みつみさんに失礼でしょ!?」



 最近炎上騒動があったばかりなのに。ここで変な誤解をされてはまた炎上の火種になってしまう。

 それだけは絶対に避けないといけないのに。何故かななちゃんはみつみさんに見せつけるように繋いでいた手を強く握り、僕の腕に自分の体を寄せた。



「えっと‥‥‥彼氏さんでないとしたら、貴方はななさんとどういう関係なんですか?」


「申し遅れました。僕はななちゃんのマネージャーをしている神宮司斗真と言います。よかったら名刺をどうぞ」


「頂戴いたします。そしたら私の名刺もどうぞ」



 こういう名刺交換ってなんだかいいな。願わくばここがコミフェス会場の、しかもまだ開場して間もない時間帯でなければ尚の事いい。



「神宮司、神宮司‥‥‥‥‥あっ!? もしかして神宮司さんにはお姉様がいらっしゃいますか?」


「僕の姉を知ってるんですか!?」


「はい。開場前貴方のお姉様が私のサークルに来て挨拶をしてくれました。美しくて感じのいい人ですね」


「ハハハハハ‥‥‥ありがとうございます」



 みつみさんは姉さんのことをべた褒めしているけど、僕の笑顔が贔屓つってないか心配だ。この様子だと、この人は姉さんの裏の顔を知らない。

 今日挨拶したばかりだからしょうがないけど、姉さんの化けの皮が剝がれないことを切に祈る。出来ればあの傍若無人な態度は僕がいる時だけしてほしい。

 みつみさんの笑顔を見ながら僕はそう思った。


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ここまでご覧いただきありがとうございます。

続きは明日の8時に投稿しますので、よろしくお願いします。


最後になりますがこの作品がもっと見たいと思ってくれた方は、ぜひ作品のフォローや応援、★レビューをよろしくお願いします。



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