第108話 開幕

「こんなたくさんの人がいるんだ! 外よりも人がいっぱいいる!」


「この時間は大勢のサークル関係者が出入りしているから、こんなに人がいるんだよ」


「そうなんだ」


「たぶんコミフェスが始まったら、これ以上の人で館内がごった返すと思うから

覚悟しててね」



 チケット制になったので以前より混雑が緩和されたって聞いたことがあるけど、それでもたくさんの人がこの会場に来るんだ。

 それこそ人が押し合いへし合いするような地獄絵図が生まれる可能性がある。

 特に僕達がこれから行く東館は有名なサークルがひしめき合っているので、その可能性が非常に高い。



「だからななちゃん、僕とはぐれないようにしてね」


「うん、わかった! この手は絶対に放さないから、エスコートをお願いします♡」



 恋人繋ぎをしているせいか、さっきからななちゃんとの距離が妙に近い。

 手を繋いでいるからしょうがないとはいえ、僕に密着する距離に彼女はいる。



「どうしたの、斗真君?」


「何でもないよ!? 気にしないで!?」



 何気なくななちゃんをコミフェスに誘ったけど、もしかしてこれはデートをしているんじゃないかな?

 ななちゃんはこの状況を受け入れているから何も感じてないようだけど、もしかすると僕達は周りからカップルだと思われている可能性がある。



「(いや、今はそんな余計なことを考えるのはやめておこう)」



 今日はななちゃんとコミフェスを楽しむって決めたんだ。

 だからそういう余計な邪念は頭の中から取り除かないといけない。

 


「ななちゃんは最初に周りたいサークルってある?」


「もちろんあるよ! あたしは最初にこのたんたかたんたんってサークルに行こうと思ってる」


「たんたかたんたん? なんだかお酒みたいな名前だね」


「そうだよ。だってこのサークル名は本物のお酒をモチーフにしたものだから、斗真君も聞き覚えがあるのかもしれない」


「なるほど。だから僕も聞いたことがあるような名前だったんだ」


「そうだよ。ここの代表はものすごくお酒好きで、バーボンみつみっていうペンネームで活動をしているんだよ」


「それだけ聞いてるとどこかの黒の組織みたいだね」



 まさかこのサークルの中にジンやウォッカっていう名前の人はいないよね?

 もしかしたら僕は今日帰りに何かの取引現場を見つけてしまった後、怪しい薬を飲まされて体が小さくなっているかもしれない。



「そのサークルってどこにあるの?」


「シャッター前に構えてるはずだから、外に待機列が出来てると思う」


「わかった。そしたら列を見つけてすぐに並ぼう」



 外に並ぶとなると直射日光がきついけど、それも仕方がないだろう。

 一応熱射病予防に飲み物や帽子も持ってきてるし、突然倒れることはないはずだ。



「斗真君、あそこが列の最後尾みたい!」


「思っていたよりも人が並んでるね」


「人気サークルだからしょうがないよ。それよりも早く並ぼう!」



 ななちゃんの案内に従って僕も列に並ぶ。

 会場前なのにこのサークルの列は凄い。さすがシャッター前の人気サークルだ。他のどのサークルよりも列が長かった。



「一体どれぐらいの時間がかかるんだろう」


「それはあたしもわからないけど、列に並んで話してればすぐあたし達の番になるよ!」


「それもそうか」



 いつものように2人で話してれば、きっと時間なんて忘れられるに違いない。

 作業通話をしている時なんて、気づいたら4時間も話し込んでいた時もあるんだ。

 ちょっとだけ暑いけど、これぐらい何の問題もない。問題があるとすれば、ななちゃんが熱中症にならないか。その1点だ。



「ななちゃん、先にタオルを渡しておくから。汗をかいたらこれで拭いて」


「ありがとう」


「僕のリュックに冷たい飲み物も入ってるから。飲みたくなったら言って。すぐ渡すから」


「わかった。斗真君は準備がいいんだね」


「準備がいいというか、僕はこんな所でななちゃんに倒れてほしくないだけだよ」



 このイベントに遊びにきたはずなのに体調が悪くなってしまったら本末転倒だ。

 姉さんからは毎年イベントに参加して熱中症で救護室に運ばれる人がいると聞いたことがあるので、念には念を入れて色々と準備をしてきた。



『それではこれよりコミックフェスティバル1××を開催します』


「ついにコミフェスが始まったよ、斗真君!」


「そうだね。ところでななちゃんは何で拍手をしてるの?」


「ここではイベントが始まったら拍手をするんだよ。だから斗真君も拍手をしよう」


「うっ、うん。わかった」



 開催の合図とともにみんなが拍手をしているので僕も拍手をした。

 どうやら開場時に拍手をすることが、コミフェスではお決まりらしい。



「コミフェスが始まったから、そろそろ列が動くはずだよ!」


「そうか。コミフェスが始まったから、もう同人誌を売り始めるのか」


「そうだよ! 早くこのサークルのグッズが買えるといいね!」



 すぐに列が動くとななちゃんは言っていたが、現実はそう甘くない。

 コミフェスが始まってから数十分経つが、僕達が並んだサークルの列は殆ど動かなかった。


------------------------------------------------------------------------------------------------

ここまでご覧いただきありがとうございます。

続きは明日の8時に投稿しますので、よろしくお願いします。


最後になりますがこの作品がもっと見たいと思ってくれた方は、ぜひ作品のフォローや応援、★レビューをよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る