第102話 懲りない言動

 終業式が終わりついに待望の夏休みに入った。

 本来ならこの期間は学校が休みになるので遊びやバイトをしながら過ごす人が多いけど、僕達は他の人達とは少しだけ事情が違った。



「いいよいいよ、神倉さん! 前見た時よりもダンスが上手くなってる!」


「ありがとうございます!」



 事務所の中にある彩音さんとサラさんが姉さんに内緒で作ったレッスン部屋。そこに僕とななちゃんはいた。

 今日の午前中ななちゃんはダンスレッスンとボイスレッスンをこなし、午後になるとここで彩音さんの個人レッスンを受けている。そして夜は配信もしているので、学校に行っている時よりも忙しい日々を過ごしていた。



「よし、一旦この辺で休憩しよう」


「わかりました」


「神倉さんは凄いね。この短期間で僕の振り付けを覚えるなんて。センスがあるよ!」


「ありがとうございます」



 ななちゃんが周年ライブの振り付けをここまで覚えられたのは、毎日猛練習していたおかげだ。

 夏休みに入る前も学校が終わったら僕と一緒にここに来て練習をしていたおかげで、ここまで上達した。



「これだけ踊れるようなら、休憩が終わったら次のステップに行こう」


「次のステップですか?」


「そうだよ。次は歌いながらダンスをするんだ」


「歌いながら踊るんですか?」


「そうだよ。3Dライブなんだから、歌って踊るのは普通だと思わない?」


「思います」


「だから今度はそれにチャレンジしてみよう。斗真君、僕とななちゃんが歌う曲の音源は持ってる?」


「持ってますよ。ボーカルガイドが入ってる曲でいいですよね?」


「もちろんいいよ。それにしてもよくそんなものを持ってたね。あまりに用意周到過ぎてびっくりしたよ」


「一応こうなることを見越して、準備をしておきました」



 最近ななちゃんのダンスが仕上がってきたのを見て、事前に準備しておいたけど持っていてよかった。

 一応曲のみの物もあるけど、これはまだ必要ない気がする。



「さすが神倉さんのマネージャーだ。準備がいいね」


「どうも」



 正直あと数日早ければこれらを準備することは出来なかった。

 これも全部サラさんのおかげだ。1週間前たまたまサラさんとスタジオで話す機会があり、その時彼女は僕に対して『歌とダンスの練習をするなら、ガイドボーカルが入っている音源を準備した方がいい』というアドバイスをもらえたおかげで準備が出来た。



「そういえば彩音先輩、サラ先輩と仲直りしたんですか?」


「ななちゃん!? それはちょっと‥‥‥」


「あぁ、サラね。実はまだ全然口を聞いてくれないんだよ」



 サラさんの話になると露骨に彩音さんは落ち込んでしまう。

 だが彼女がそうなるのも仕方がない。あれから既に1週間以上が経つのに、2人はいまだに仲違いをしていた。



「斗真君達のご飯は作ってくれるけど。何故か僕のご飯だけスーパーのお惣菜なんだ。白飯もレンチンの物を出されていて、炊きたてのご飯も食べさせてくれないんだよ」


「てっ、徹底してますね。さすがサラ先輩です」


「ななちゃん、それはフォローじゃなくて追い打ちだよ」



 自業自得とはいえ、段々彩音さんが可哀想になってきた。

 ただのあの様子を見るとしばらくサラさんの怒りは収まりそうにない。



「あれだけサラに対して気を使ってるのに。何がいけないんだろう?」


「それぐらいの大罪をおかしたことを彩音先輩は自覚してください」


「でも、僕だってあれから色々と頑張ってるんだよ!?」


「それはわかってます。だから彩音さんの夕食も出てくるようになったでしょ」


「確かにそれはそうだけど‥‥‥」


「あれは彩音さんがサラさんに対して気を使ってるからですよ。少しずつ成果は出てるんですから、根気強く頑張りましょう」



 彩音さんはサラさんと話せなくてへこんでいるが、僕としてはかなりの手ごたえがある。

 それはサラさんが彩音さんの為に用意した夕食を見れば一目瞭然だった。



「(普通だったらあんなに栄養バランスを取れた食事を用意しないよな)」



 彩音さんの食事を見ると主食副菜汁物、インスタント食品にしてはバランスよく準備されている。

 しかも食事の量まで調整されているので、僕達の料理を作るよりも面倒なことをしていた。



「(あぁ見えてサラさんも彩音さんの体を気遣ってるんだよな)」



 なんだかんだサラさんも強情だから、仲直りをするきっかけが見つからないのだろう。

 そうなるとここは僕か姉さんが介入しないといけない所だ。でもこの状況を改善する方法がいまだに思いつかない。



「もしよかったら、あたしが何か作りましょうか?」


「えっ!? いいの!?」


「簡単なもので良ければですけど‥‥‥」


「もちろんいいに決まってるよ! 今の神倉さんが僕には女神に見える!」


「喜んでくれるのは嬉しいですが、彩音先輩は大げさ過ぎです」


「いや、大げさじゃないね。あの悪魔の生まれ変わりのような冷徹なサラに、神倉さんの爪の垢を煎じて飲ませたいよ」


「またそんなこと言って。サラさんがこの話を聞いていたらどうするんですか?」


「大丈夫だよ。サラはこの時間、大学のテスト中‥‥‥」


「悪魔の生まれ変わりのような冷徹な女で悪かったですね」


「げっ!? サラ!? 大学のテストはどうしたの!?」


「そんなものはとっくに終わりましたわ。あのテストは問題が全て解ければ途中退席をしてもいいので、さっさと終わらせて帰ってきました」



 高校と違い大学はテストの答案が全て回答出来れば途中で退席できるのか。

 僕は高校生なのでその事を初めて知った。いや、それよりも今はこの修羅場を何とかしないといけない。



「彩音達がダンスレッスンを頑張ってると聞いて差し入れを持ってきてみれば‥‥‥‥‥悪魔のような冷徹な女が作ったお菓子なんて、いらないですわね」



 なんとまぁ絶妙なタイミングでサラさんは登場するんだろう。

 お皿にカップケーキが4つあるという事は1つは彩音さんの分のはずだ。たぶんサラさんは彩音さんと仲直りをしにきたに違いない。



「ごっ、誤解だよ、サラ!? あれは言葉の綾で、サラのことを1度もそんな風に思ったことはない!?」


「もう彩音なんて知りません!! この前のことを反省して、改心したと思ってましたのに。期待していた私が馬鹿でしたわ!!」



 まずい!! サラさんが激怒している。この場をなんとかしないといけないとは思うが、今回のことは全て彩音さんが悪いので下手に介入できない。



「斗真君とななさんはこのカップケーキを食べて、この後の個人練習を頑張って下さい」


「サラ、僕の分は!?」


「そんなのあるわけないじゃないですか。少しは反省してくださいまし」


「そっ、そんなぁ」



 肩を落として落ち込んでいる所悪いけど、彩音さんに同情する余地はない。

 せっかくサラさんが仲直りの機会を作ろうとしてくれたのにあんなことを言うなんて。なんてタイミングが悪い人だ。



「(この人はいつも肝心な所で余計な事を言うんだよな)」



 それがなければただの格好いい変人なのに。持ったいない人だ。

 サラさんはプンスカと怒ったまま、部屋を出て行ってしまった。


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ここまでご覧いただきありがとうございます。

続きは明日の8時に投稿しますので、よろしくお願いします。


最後になりますがこの作品がもっと見たいと思ってくれた方は、ぜひ作品のフォローや応援、★レビューをよろしくお願いします。

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