第94話 踏み出す勇気
「ご馳走様! ななちゃんが作ってくれた料理、とっても美味しかったよ」
「ありがとう! そう言ってくれるとあたしも頑張って作ったかいがあるよ! 今食器を片づけるね!」
「あっ!? 食器は僕が片付けるからいいよ。ななちゃんはゆっくり休んでて」
「そんなに気を使わなくていいよ。斗真君こそ、そこで休んでて」
「さすがに料理まで作ってもらったのにそこまでしてもらうのは申し訳ないよ。それにななちゃんは彩音さんとのダンスレッスンや復帰配信をして疲れてるんだから、ゆっくり休んだ方がいいと思う」
「‥‥‥‥‥うん、わかった。そしたらお願いします」
わざわざ自宅から遠い事務所まで来て配信をしただけでなく、僕の夕飯まで作ってくれたななちゃんをこれ以上働かせられない。
僕が食器を持って台所へ向かうとななちゃんはスマホを触りだした。
「(今頃ななちゃんは今日の配信のエゴサをしているんだろうな)」
もしくは今日の配信の感想をSNSに投稿しているのかもしれない。
彼女が何をしているかわからないけど、配信関連の作業をしている事だけは僕にもわかった。
「よし、終わった! 斗真君、お風呂借りてもいい?」
「うん、いいよ‥‥‥‥‥って、僕の部屋でお風呂に入るの!?」
「そうだよ。何かおかしいかな?」
「おかしい所‥‥‥はあるよ!? ななちゃんは隣の部屋で寝るんだから、そこのお風呂場を使えばいいじゃん!?」
「あたしもそう思ったんだけど、なんだか1人になるのが怖くて‥‥‥」
「えっ!?」
「怖いというか寂しいと言った方がいいかな。今まではあたしの側に美羽ちゃんがいてくれたから平気だったけど、1人になるのがすごく寂しいの」
先程まで明るい表情をしていたななちゃんが急に暗い顔になる。
その表情を見ていると、部屋の中に1人でいることが本当に嫌なのだと感じた。
「ななちゃんが寂しいと思うその気持ち、僕もよくわかるよ」
「斗真君も同じ経験があるの?」
「うん。僕も姉さんが出て行ってから1人でいることが多かったから、その気持ちは痛い程わかる」
あれだけ2人で楽しい時間を過ごした後、急に静かになるあの空間を想像したら、ななちゃんが寂しくなる気持ちもわからなくない。
昔は1人でいることに何も感じなかったけど、姉さんの事務所に住み始めてからそういう気持ちになることがよくあった。
「(ななちゃんが感じていた、1人でいるのが寂しいという気持ちも今の僕ならよくわかる)」
だから僕はななちゃんを1人っきりにはしたくなかった。
「わかった。そういうことならいいよ」
「本当!?」
「うん! 家の中に1人でいる人の気持ちは僕もよくわかるから、今日は一緒に寝よう」
大丈夫。僕が変な気を起こさなければいいだけだから、何も問題はない。
確かにななちゃんはテレビに出ている芸能人や雑誌の表紙を飾るモデル並みに可愛いけど、僕が手を出さなければ大丈夫なはずだ。
「(だから大丈夫。一緒の部屋で寝ることは問題ないんだ)」
そう自分に言い聞かせた。
「ありがとう! そしたらお風呂に入ってくるね!」
「行ってらっしゃい」
「そうだ! お風呂に行く前に斗真に言わなきゃいけない事があるんだった」
「僕にいいたいこと? それって何?」
「これからお風呂に入るけど、覗いてもらっても構わないからね♡」
「お風呂を覗いてもいいって、何を言ってるの!? 普通ならそこは絶対に覗かないでって言うところでしょ!?」
女の子がお風呂場に入っている所なんて覗いたら普通は怒られるのに、何でななちゃんはそれを推奨してるの!?
彼女が何を考えてるか僕にはわからない。お風呂に入っている所を覗かれたいなんて、特殊な性癖持ちの人しか言わないセリフだ。
「確かに斗真君の言う通りクラスの男の子があたしのことを覗いてたら、絶交して口も利かないと思う」
「普通はそういう反応になるよね」
「でもあたし、斗真君になら見られてもいいと思ってるよ♡」
「えっ!?」
「むしろ斗真君にはあたしの体を見てほしいと思ってる。せっかくだから、ここで服を脱いでからお風呂場に行こうかな♡」
「ダメダメダメダメダメ!? 自分のことをそんなに安売りしちゃダメだよ!?」
ここでななちゃんの裸なんて見たら、僕の理性が吹き飛んでしまう。
僕は慌ててななちゃんの下へと駆け寄り、胸のボタンをはずそうとしている彼女のことを止めた。
「何で斗真君はそんなに必死になってあたしのことを止めるの? もしかしてあたしの体に興味がなかった?」
「逆だよ、逆!? ななちゃんの体に興味があるからこそ、必死になって止めたんだよ!?」
もしここでななちゃんの裸を見てしまったら、僕の理性が吹き飛んでしまう可能性がある。
そうなると僕がここで何をしでかすかわからない。寝室にはベッドまであるんだから、最悪彼女をそこに連れて行き押し倒してしまうだろう。
「斗真君はあたしの体に興味を持ってくれてるんだ♡」
「体だけじゃないよ。僕はななちゃん自身に興味を持ってるんだ」
「あたしに興味を持ってくれてるの?」
「そうだよ。だから体だけが目的とか、変な勘違いはしないでね」
「うん、わかった♡」
目の前にいるななちゃんは子供がいたずらをする時のような、無邪気な笑みを浮かべている。
僕のことを上目遣いで見る彼女は嬉しそうな顔をして、僕に胸の中に身を預けていた。
「(確かこういう時は、優しく抱きしめるんだよな?)」
今日の朝彩音さんが女の子の扱い方について話をしていた時、そんなことを言っていた気がする。
だがそれを実行してななちゃんに嫌われないか、ものすごく心配だった。
「(このままの状態でいいと思うけど、何もしなかったら彩音さんに何か言われるんだろうな)」
ななちゃんの家に遊びに行った話をした時あれだけ呆れられていたのだから、今回も同じようなことをしたら失望されてしまうかもしれない。
そうならない為にも僕も男として、行動力がある所を見せることにした。
「(空いている左手で、ななちゃんの腰に優しく手を回そう)」
心臓がバクバクして頭が沸騰しそうになるが、なんとか左手をななちゃんの背中にまわすことが出来た。
彼女は一瞬肩がビクっと震えるが、全く抵抗してこない。むしろ左手を腰にまわしたことで、さっきよりも僕との距離が近くなった気がした。
「(ななちゃんの腰に左手をまわしたら、なんだかさっきよりも密着感が増した気がする)」
僕がななちゃんの腰に手を回しているせいもあるけど、彼女が僕に体を押し付けているのも原因のような気がする。
僕が背中に手を回したことで何かが吹っ切れたのか、ななちゃんは僕に甘えていた。
「斗真君」
「何?」
「斗真君から見て、あたしって可愛いと思う?」
「可愛いと思うよ。僕は見た目だけじゃなくて、ななちゃんの行動や言動に魅力を感じてる」
「それならあたしのどういう所に魅力を感じるの?」
「こうやって僕に対して無邪気に甘えてくる所も可愛いと思ってるし、ボケモンのカードゲームをしている時にテンションが上がる過ぎて、まるで本物のトレーナーのように技名を言う所も可愛いと思ってる」
「ありがとう♡ でもカードゲームの時の話を持ってくるのはずるいよ!」
「ごめん。でもこうして一緒にいると、学校では見られないななちゃんの表情が色々と見れて嬉しいんだよ」
「そうなの?」
「うん。いつもは誰にでも微笑んでいるななちゃんが僕にだけしか見せない表情を見せてくれる。そのことがすごく嬉しいんだ」
学校で彼女のことを見ていた時は、こんなにコロコロと表情が変わるような人だとは思わなかった。
それこそもっと落ち着いている大人のような淑女だと思っていたけど、その印象は彼女と関わるごとに変わっていた。
「斗真君はあたしのことをそう思ってたんだ♡」
「うん、そうだよ」
「なんだかその話を聞いて安心した。今まで斗真君があたしのことをどう思ってるか不安だったから、もしかしたら素のあたしを見て嫌いになったのかと思った」
「そんなことないよ!? 僕がななちゃんを嫌いになる事なんて、ありえないから!?」
「ありがとう。それならこれからもいっぱいあたしのことを見てね♡」
気づくと僕は空いている右手でななちゃんの髪の毛を撫でていた。
最初に髪を触った時『あっ♡』と艶っぽい声を上げたななちゃんだったが、抵抗する素振りはない。
それを免罪符にして、僕は彼女の髪を優しく撫で続けた。
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ここまでご覧いただきありがとうございます。
昨日は更新できず申し訳ありません。ただその分満足出来るものは出来たと思っているので、よろしければたくさん読んで下さい。
続きは明日の8時に投稿しますので、よろしくお願いします。
最後になりますがこの作品がもっと見たいと思ってくれた方は、ぜひ作品のフォローや応援、★レビューをよろしくお願いします。
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