第49話 デビュー前の準備

 カメラテストという名のリハーサルが明け方に終わった事もあり、僕は姉さんの事務所に一泊した。

 そして次の日の昼過ぎに起きた僕は姉さんと共に再度配信の準備をする。

 OBSのボタンの配置確認等配信をする為に必要な準備を一通りしていたら、いつの間にか配信開始予定時刻の1時間前になっていた。



「斗真、ちょっとこっちに来なさい」


「どうしたの姉さん? もうすぐ配信開始時間だよ」


「そんなボサボサな髪で配信に出たらリスナーに笑われるでしょう。私が髪をセットしてあげるから、こっちに来なさい」



 姉さんに連れてかれて鏡の前に座らされると、持っていた整髪料を使って僕の髪を整え始めた。

 まるで美容師さんに髪をセットしてもらっているような手際の良さで、姉さんは僕の髪を整えていく。



「ちょっと姉さん、そんな執拗に僕の髪を整えなくてもいいよ!?」


「何を言ってるのよ? 一世一代の晴れ舞台なんだから、少しぐらいおしゃれをしなさい」


「でもこの姿だと、あの映像に映っていた人が僕だとわからなくなるんじゃないかな?」


「大丈夫よ。声だってあの映像にのっていたものと同じなんだから。気づかない方がおかしいわ」


「そうかな?」


「そうよ。何のために昨日の夜リハーサルをしたと思ってるの? あの配信に映った人物がTomaだと立証する為でしょう」



 確かに姉さんの言う通りだ。あの動画に映っていた人物がTomaだという事がわかるように、僕は昨日の明け方まで姉さんと配信のリハーサルをしていた。

 何度も何度も動画の音声と録音した僕の声が同じものか検証した結果、録音したものと声質が殆ど変わらないという結論に達して昨日は寝た。



「(だからこれから僕の配信を聞きに来る人達も、あの動画に映っている人物が別人だと思う事はないだろう)」



 もしかすると難癖をつけてくる人がいるかもしれないが、僕は問題ないと思っている。

 それぐらいあの配信の声と録音した声は似通っていた。



「そんなことよりも斗真は自分の心配をしなさい」


「自分の心配といっても、何を心配すればいいの?」


「貴方が心配するのは今日の配信のことよ。もし今日の配信で話している途中に噛んだりしたら、それが一生ネットの世界を漂い続けるのよ。その覚悟は出来てる?」


「もちろん覚悟は出来てるけど、配信開始直前にそんな怖いこと言わないでよ。姉さんの言ったことが現実になったらどうするつもり!?」


「その時はその時よ。たぶんリスナーも寛容な態度で許してくれるはずだから、あまり気負わないようにね」


「わかった」



 気負わないでという割にはかなり現実味がある話をされた気がする。

 姉さんの今の発言は未来の僕がどうなるかを暗示しているようだ。

 


「(配信中は出来るだけ噛まないように気をつけるけど、この緊張感の中で上手に話せるのかな?)」



 これからネット上に顔出しをすると思うと急に緊張してきた。

 まだ本番が始まってもいないのにも関わらず、体はガチガチに固まっていた。



「何をそんなに緊張しているのよ。昨日の夜今日の配信で話す内容をまとめたカンペを準備したじゃない」


「カンペがあったとしても生放送なんだから、何か不足な事態が起こるかもしれないじゃん」


「大丈夫よ。その辺りのことは私がフォローしてあげる」


「本当?」


「本当よ。もし困った事があったらカメラの奥にいる私を見なさい。何かあったらカンペを出してあげる」


「そうしてもらえると助かるよ。ありがとう、姉さん」



 初配信でここまで手厚くサポートしてくれる人なんて他にはいないだろう。

 ネットに精通している人が身内にいてくれてよかった。これで心置きなく配信が出来る。



「ついに斗真が配信者デビューするのか」


「僕が配信者になるのがそんなに嬉しいの?」


「もちろんよ。斗真が今年の3月に開催されたエベの大会に出場した後、予想以上に斗真の人気が出たから私も驚いちゃった」


「僕だって同じだよ。僕が出演した大会の切り抜き動画があんなに再生されるとは思わなかった」


「そうかしら? あそこまで切り抜き動画の再生が回るとは思わなかったけど、ある程度人気が出るとは思ってたわよ」


「そうなの?」


「うん。大会の最中に斗真が色々なプレーヤーと話しているのを見て、この子は配信者として人を惹きつける才能があると思ったわ」


「それは僕の事を過大評価しすぎじゃない?」


「そんなことないわよ。現に昨日SNSに投稿した記事のRT数を見た? あの投稿記事のRT数は既に5万回以上もされてるわよ」


「僕は数字について詳しくないからわからないんだけど、それって凄いことなの?」


「凄いに決まってるじゃない!! 多い人で数百回、数千回行くとバズったって言われてるのに、数万回もRTされるなんて奇跡といってもいいわ」


「なるほど。この数字はSNS上では多い方なんだね」


「多いなんてものじゃないわよ!! デビュー配信の投稿で数万RTされる人なんて、大手でも中々いないわ!!」



 なるほどな。姉さんの話を要約すると、僕の配信は大手配信者並の注目を受けているみたいだ。

 こんなに他人事のように感じるのは、僕自身全くその実感がないからだろう。

 正直姉さんにいくら凄いと熱弁されても、現実味が全くなかった。



「(SNSで多くの数字を稼いでいるのはわかるけど、一体どれぐらいの人が僕の配信を見に来てくれるんだろう)」



 SNSで数万回RTされていても、実際に僕の配信を見に来る人が数十人だったら意味がない。

 実際にどのぐらいの人達が僕の配信を見に来るのか。それだけが気がかりだった。



「それにほら、これを見なさい」


「これは昨日僕が立てた配信枠だよね?」


「そうよ。この配信枠にいる待機人数を見なさい。今貴方のYourTubeの枠で待機している人が2万人近くいるわ」


「2万人!? そんなにたくさんの人が僕の配信を見にきてるの!?」


「そうよ。2割は斗真のファンだとして、残りの8割は神倉ナナのファンね」


「みんなこの前起こったあの事件のことを知りたいんだね」


「当たり前でしょ。私だって昨日あんたから話を聞くまで、何が起きていたのかわからなかったもの。神倉ナナのファンなら、余計にその話が聞きたいはずよ」


「当事者の僕としてはあんまり思い出したくない話なんだけどね」



 今回の件で学校のセキュリティーがガバガバだという事がわかったし、学校側の管理体制に杜撰な所があることを露呈した。

 出来ることならそういう話は僕の口からしたくない。

 その辺りの話は後日学校側が何かしらの声明を出すはずだから、そちらに全て任せよう。



「でも、この事件のおかげで斗真が配信者ストリーマーデビューを決意してくれて、私としては儲けものだわ」


「なんだ、損をしてるのは僕だけか」


「当たり前じゃない。普通はクラスメイトを救うために配信者デビューをするような馬鹿な人なんていないわよ」


「やっぱり僕って変かな?」


「変よ。斗真は10人中10人が首を縦に振るぐらいの変人ね」



 ここでいい返しが出来ればいいんだけど、自分でもそう思ってるから何も言えない。

 ましてや今回のデビューは自分の承認欲求を満たす為ではなく、SNS上にはびこるななちゃんの噂話をかき消す為となれば尚更だ。

 


「斗真」


「何?」


「前から思っていた事なんだけど、あんたは神倉ナナの事が好きなの?」


「それは僕もわからないよ。ただ1人でいる時よりも、ななちゃんと一緒にいる方が楽しいんだ」



 ここ最近ななちゃんと一緒に過ごす事が多かったけど、彼女と一緒にいる時間は1人でいるよりも楽しかった。

 それこそ今までの僕の価値観が180度変わってしまうぐらい、今では彼女に惹かれている。



「なるほどね。今はそれだけ聞ければ十分よ」


「姉さん?」


「さぁ、もうすぐ配信開始の時間よ!! 頑張ってきなさい!!」


「痛っ!? そんな強く背中を叩かないでよ!?」



 姉さんなりの激励のようだが、力強く叩かれたためものすごく背中が痛い。

 僕が痛がっている事が嬉しいのか、姉さんは晴れやかな表情で僕の事を見ていた。



「カメラの準備は出来てるから、いつ配信を始めてもいいわよ」


「わかった」



 配信開始ボタンを押す前に大きく息を吸い深呼吸をする。

 このボタンを押してしまったら、もう後戻りはできない。

 今まではただのゲーム好きの素人と言ってきたが、これで僕も立派な配信者ストリーマーになる。

 だから下手なプレイをリスナーに見せることは出来ない。勝負に勝つことは当たり前だとして、その上でみんなの事を楽しませるプレーをする必要がある。



「これから配信始めるよ。姉さん、フォローをお願いね」



 姉さんに一言断りを入れて、僕はOBS上にある配信開始ボタンを押した。


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ここまでご覧いただきありがとうございます。

続きは明日の7時に投稿します。


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