23「ええ。二人の秘密なの」
「先週の試験結果が貼り出されているんですって」
「えっ他の人に点数を見られるの⁉︎」
朝から食堂で一年生たちがざわついている。
四月の試験結果は公表されなかったが、十月と三月の試験は全員の点数が掲示されるのだ。
「ヴェロニカは自信ある?」
ルイーザが尋ねた。
「うーん……手応えはあったけど、どうかしら」
「私は良かったと思うわ」
園芸サロンで一緒のカローラが言った。
「エリアス先生のおかげだわ」
「ふふっ。それはあるわね」
試験前にサロンメンバーで勉強会を行なった。
全員、何故か二年生の勉強までエリアスが見ていたが、確かにかなり効果があったと思う。
「ふうん。園芸サロンって仲がいいわよね」
「そうね」
「ええ」
ルイーザの言葉に、ヴェロニカとカローラは顔を見合わせてうなずきあった。
他のサロンは分からないけれど、確かにケンカやもめ事などが起きたことはなかった。
園芸サロンは代々仲がいいと先輩たちも言っていた。
「植物には心を癒す効果があるおかげね」と会長のセシルは力説していた。卒業したらそういう研究をしたいのだという。
試験結果が貼り出されている掲示板へ向かうと、すでに大勢の生徒が集まっていた。
「すごいな、また三人が満点だって」
「女子のトップはフォッケル嬢か……」
(私?)
人垣の後ろからのぞき込むと、最初の試験と同じ三人がまた満点だった。
そうして次点でマイナス二点のカインとヴェロニカの名前が続いていた。
(これが、カインが言っていた本気?)
「満点狙ってたんだけどな」
背後からカインの声が聞こえた。
「まあでもヴェロニカと同じだからいいか」
「……そういうものなの?」
「ああ」
振り返って尋ねると、カインはうなずいた。
(そういえば私も前世では殿下と同じ点数だったことがうれしかったのよね)
どんなことでも共通点があるというだけで、特別な気持ちになったのだ。
「そうだ、これ」
カインはヴェロニカの目の前にノートを差し出した。
「この間言ってた、俺が書いたやつ」
「ありがとう!」
ヴェロニカはノートを受け取った。
「期待はするなよ。あと絶対他の奴には見せるな」
「分かったわ。読み終わったら感想を教えるわね」
「ああ」
ヴェロニカに軽く手を振って、カインは立ち去っていった。
「……ヴェロニカ。今の人とずいぶん仲がいいのね」
様子を見守っていたルイーザが口を開いた。
「読書仲間なの」
「ふうん。……面白くなったわね」
「え? 何の話?」
「来月の狐狩りが楽しみだなって」
「狐狩り?」
意味が分からず首をかしげたヴェロニカに、ルイーザは笑みを浮かべた。
「今年の『キング』は誰かって、ダンスサロンで話題になったの。本命は王太子殿下で、きっとヴェロニカを『クイーン』に指名するだろうって」
「……それがカインと関係あるの?」
学校で行われる狐狩りは、実際に狩りを行うというよりも乗馬の腕を競う場である。
最も馬を巧みに操り、速く走ることができた者が勝者となり『キング』と呼ばれる。
そうしてその夜開かれるパーティでそのパートナーになった女生徒は『クイーン』と呼ばれ、ファーストダンスを踊るのだ。
「あの人、乗馬がすごく上手なんですって。で、殿下の次にキング候補なの。もし彼がキングになったらヴェロニカをクイーンに指名するのかなあって思ったの」
「カインは乗馬が上手なの?」
「ええ、とても速いんですって」
(狐狩りは……前世では殿下は参加できなかったのよね)
前世での、一年の時の狐狩りはフィンセントが前日の練習で落馬をして本番は欠席した。
そうして二年の時は公務があるからとフィンセントは欠席し、友人もいなかったヴェロニカも欠席したのだ。
(今回は無事に終わって欲しいわ)
思い出してしまった記憶を振り払うように、軽く首を振るとヴェロニカは教室へ向かった。
「答案用紙を返却する。総合点は既に確認したな?」
担任のブレフト先生が試験の答案用紙を配り始めた。
「毎年数名が二年次には二組に移動する。落ちないよう、今回解けなかった箇所をしっかり確認して次の試験に向けて学び直しておけ」
「ヴェロニカ様は、どこを間違えたのですか」
受け取った答案用紙を見つめるヴェロニカにエリアスが声をかけた。
「数学の……面積を求める問題ね」
「ああ、ここはややこしいですね」
エリアスは答案をのぞき込んだ。
「間違えやすいところです」
「ここさえ解ければ満点だったのに」
「次の試験はきっと満点ですよ」
笑顔でそう言うと、エリアスは声をひそめた。
「ところで、朝、クラーセン様に何を渡されたのですか」
「え? ああ……」
ヴェロニカは少し首をかしげた。
「それは秘密よ」
「秘密ですか」
「ええ。二人の秘密なの」
誰にも見せないようにと言われて貸してくれたのだ。
いくらエリアスでも教えられなかった。
「……そうですか」
少し顔をこわばらせたエリアスと笑顔のヴェロニカの隣で、ルイーザは楽しそうに笑みを浮かべた。
*****
「とっても良かったわ!」
数日後。カインの小説を読み終えたヴェロニカは、再び中庭でカインと会った。
エリアスにはまた声が聞こえないように、離れたところで待ってもらっている。
「そうか」
「特に主人公の、お父様への複雑な感情に胸がしめつけられたわ」
「……ああ」
(多分、あれはカイン自身のことなのね)
息子だと名乗れない、父親への愛憎描写がとてもリアルに感じられたのは、おそらくカイン自身の感情だからなのだろう。
「その他の部分もとっても面白かったの。まさかあんな結末になるなんて……」
ほう、とヴェロニカは息を吐いた。
「カインは小説家になれるわ」
「……そうか?」
「ええ。とっても上手だもの」
文章力や構成など、とても学生が書いたとは思えないほどの完成度だった。
「そうベタ褒めされると気持ちが悪いな」
「まあ。本当よ」
「……ありがとう」
「他に書いたものはないの?」
「手元にあるのはこれだけだ。あとは今書いているのが一本ある」
「それも完成したら読ませてくれる?」
「ああ」
「楽しみにしてるわね」
「頑張るよ」
笑顔のヴェロニカに、カインは目を細めた。
「あとは馬で駆ける場面がとても良くて……そういえば、カインは乗馬が上手だって聞いたのだけれど」
「誰から?」
「友人がダンスサロンで話題になっていたって。狐狩りのキング候補なんですって」
「ふうん」
カインは少し眉をひそめて視線を落とした。
「……父親が。顔も見たことないが、乗馬の名手だったらしい」
「そうだったの」
カインの実の父親、ボスハールト公爵は優秀な騎士であり、乗馬の腕も立つというのはヴェロニカも前世で聞いたことがあった。
「そうか、『キング』か。もしなれたら……」
「なれたら?」
「あいつに……いや」
首を振ると、カインはヴェロニカを見た。
「ヴェロニカがクイーンになってくれるか?」
「私? ええ、いいわよ」
ヴェロニカはうなずいた。
「そうか。じゃあ本気で頑張らないとな」
そう言って、カインは立ち上がった。
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