09.SLAYYYY

 作業続きの四人は疲弊していた。


「…私の真似して吠えてください、わんわん」

「わんわん」

「わんわん」

「わんわん」

「今はそれやめて、そういうので笑えるテンションじゃない」

「…………」


 冷静さを失った少女と僕。

 冷静さを失わない悪魔。

 そして何も話さなくなった弟。


「…これじゃダメだ、一回休憩!!」

 悪魔の言葉に顔を上げる僕達。


「疲れちゃったから休みましょ」

 纏めていた長い髪をほどく悪魔。

「綺麗な髪やね…」

 それに見惚れる少女。

 二人を見た僕は少し妙な気持ちになった。


「ねえ…劇場を粉々にするのは良いんだけど…ただそう見せかけるだけ?それとも…何か演技する?」

 少女は僕のその言葉を聞き、何かを書き込んでいたノートを開いて見せた。


「…これ、舞台設計と流れ」

 僕達は目を見開いた。

「……こんな…」

 それはちょっとした台本のようだった。


「私が立ってたから分かるけど、この場所からだと客席全体を見渡せるの。リアルガチに。だからここは」

「待って、君はなんでこんなに…」

 僕は言おうとしてやめた。

 少女は続けさせた。

「言って」


 悩んでから、僕は口を開いた。

「…なんでこんなに…演出とか…考えたり、する事が出来るのに、やってなかったの?」

 少女は少し悲しそうに微笑み、こう呟く。


「やらせてもらえなかった」


「…そうなんだ」

「それに聞いて?私はね、クラシックも好きだよ?オペラだって大好き!劇場でやる曲全部好き!」

「うん」

「でも、私が、本当に、心から好きなものが何か分かる?」

「……さぁ」

「ヒップホップ」

「ヒップホップ…?」

 許嫁は頷いた。


「クラシックって聞いたからヒップホップのジャンルのクラシックだと思って入団したんだっけ?」

「なんで?」

「普通はそう思わないよ」

「でもさ?そのおかげで私の家族みんな金持ちになれたから良いじゃん」


 黙り込む僕達三人。

 少女はそれに気付き、気まずい空気を壊したかったのか、妙な事を言い始めた。


「まあだからさせてもらえなかったってのもあるけどさ、てか聞いて、ばかおもろ話」

「……?」

「ぶっちゃけると!私ね、お箸が転がるだけでも泣けるの」

「…え?」

「泣けと言われたらどんな状況でも泣けるし、叫べと言われたら好きに叫べる。一時間ぶっ通しでずっと叫べって言われても叫べるし、そのあとすぐ歌えって言われても歌える」

 悪魔は頷いた。


「お兄さん、それはなんでか分かる?」

 首を横に振る僕。少女は誇らしげにこう答えた。

「見て分かる通り、私が天才だからだよ」


 息をのんだ。少女はこう続ける。

「…歌を歌うのが好きで、大好きで、何をしてでも歌ってたかった。でも、この体で生まれてきたら、それも厳しい時があった」

「……」

「高い声はいくらでも出るのに、低い声はどうしても出なくて、普段の生活でちょっとずつ声を低くしても、どうしても限界があって」

「……」

「私の体が、見て分かる通り、女だから」

「……」

「産まれってのは、大切なものじゃん」

「……」

「…みんななら分かるでしょ。自分がしたいことと、上手く出来ることは全然違うものだって」


 それを聞いた悪魔は少女の手を掴んだ。

「わかるよ」

 手を伸ばすと同時に捲れる袖。悪魔の手首に、少女と揃いの傷がある事に気付いた。

 それを見た弟も、同じように袖を捲り、手首を見せた。


「よかった、私達にも共通点あったね」

 少女は嬉しそうに、今まで、僕達三人が一度も見たことのない表情でそう言った。

「みんなで生きようね」

 少女はそう言い、僕達三人を抱き締めた。

 抱き締めてくれた。

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