09.Leo



 許嫁の彼と、一月ぶりに私の家へ帰り、先生に、いつも通り骨格を矯正するためのきついコルセットを巻かれていると、衣装室へ入る長身の男に気付いた。


「クレマチス、久しぶり、お父様はお元気?」

 彼は私へ声をかけ、先生に退席するよう命じた。

 先生はそれを受け入れ、私の背を撫でてから部屋から出ていった。

「変わらず元気ですよ」

 私がそう言うと、彼は微笑み、先生が巻いていたコルセットを緩め始めた。


「君にこれはキツすぎる」

「私もそう思う」

 私の言葉に肩を震わせて笑う、許嫁の彼のお兄さん。

 許嫁よりも暖かくて優しい人。でも目の奥は笑っていなくて、少し、怖い印象の彼。

 長い睫毛のせいか、整いすぎた顔のせいかは分からないけれど、とても冷たい印象を与える人だった。


「誘拐されていたと聞いたよ、心配だったな」

 感情の籠っていない声。私は頷いた。

 すると、彼は、何を思ったかコルセットを外し、私には大きすぎるコートを羽織らせた。


「クレマチス、とても楽しい一時を過ごしたようで安心したよ」

 そう言いながら私の肩を撫でる彼。

 ぞわりと鳥肌が立つ。

 彼の言葉の真意が掴めず、彼が次に言うであろう言葉を待っていると、彼が何を思ったか、何故か、私を強く抱き締めた。


「クレマチス、君には幸せになって欲しい」

「……」

「こんなコルセット巻かないでほしい。君が幸せで君らしく生きていられるのなら…俺が協力するから、君はあの屋敷にずっと住んで、大道具の彼と幸せになったって良いんだよ?でも、そうしたら、俺の弟はどうなる」

「……うん」

「俺の宝物なんだ。宝石みたいに大切で、何よりも、可愛くて、綺麗で、愛しているんだ。家族として」

「…分かってます」

「君は今まで沢山苦労した…だから、これから先の事は君の好きにすれば良い、でも、君の許嫁で、政略結婚させられそうになっている、君にとってのトラウマが、俺の大切な弟だということを忘れないでほしい」

 彼はそう言い、表で待っている先生に「コルセットを締めようとしたけど失敗して裂いてしまった」と嘘をつき、しばらくの間コルセット無しで生活できるようにしてくれた。

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