第19話

 ああ……何でこんな事になっちゃったんだろう。


 エニィは薄れゆく意識の中で後悔を繰り返していた。


 薬の材料を取りに行こうと危ないとされる夜に護衛を雇ってその採取場所に行ったのがまずかったと後悔が襲う。


 何故夜に出たのかはその薬の材料である薬草が夜にしか取れないとされていた為で場所も街からそこまで離れていなかった事もあり親に嘘をついて家を出た。


 その結果森の中でモンスターに襲われ雇う際にあれだけ自信をのぞかせていた護衛も実はそこまで強くなかったことが露呈し、逃げる途中でエニィはモンスターの攻撃を受けて重傷を負ってしまったのだった。


 実のところエニィは護衛が嘘をついていた事を見抜いていた。でもこの辺りのモンスターはあまり強くない為それでも大丈夫だろうと甘く見た結果予想外のモンスターに出会してしまったのだった……。




 私こんなところで死ぬのね……いや、死にたくない……置いてかないで……誰か助けて……。


 もう助からないとわかっていてもお父さんとお母さんの顔が浮かぶと死にたくない思いが強くなった。


 あれ? 体の痛みが引いていく……。


 体が温かいものに包まれると痛みが消えていくのを感じた。意識がハッキリしてくると誰かに優しく抱き抱えられていてそれが心地よかった。


「大丈夫か?」

 

 私を抱き抱えている人が男の人の声だったけど耳に入る優しそうな声は不思議と私を安心させた。


 ゆっくり目を開けるとすぐに仮面が目に入って少し驚いたけど助けてくれたのにそんな顔したら悪いと思って踏みとどまって立ち上がった。


 彼はセトと言った。仮面で顔は見えないけど優しそうな声が耳に心地よく、後で私が何かお礼をしたいって言ったら「いいよ、助かってよかった」と返してきた。


 私は今までこんな男性を見た事が無かったから少し怪しいとも思ったけど、本当に貸しだの見返りを求めてくる様子はなくて心底私を驚かせた。私に使った回復薬はあの瀕死の状態を治した事から相当な物なのにそれを迷いなく使ってくれたのが感謝してもしきれなかった。


 街に送ってもらう途中色々と話を聞いて訳ありだということは分かった。それが私の好奇心を刺激すると興味が高まりもっと一緒にいたいと思うようになっていた。


 幸運にもお菓子で女の子に気に入られた私は同行を許されたのだった。


 宿屋でセトの素顔を見た瞬間私は彼に惹かれている事を自覚した。顔には出さなかったけど胸がドキッと跳ね上がりついじっと顔を見てしまった。心の中ではセトに特別な感情を抱いているのはもう明白でそんな人に出会えた事に嬉しくてたまらなかった。


 セトの目は優しさに溢れ、惹かれる魅力があったと同時にその瞳の奥には暗い影を落としていたのを私は見逃さなかった。


 それは何か酷い仕打ちを受けて心を傷つけられてできたものだと思った。どういう理由なのか仮面と関係があるのだろうか? 


 そして会ったばかりの自分に国宝級の装備を与え身を心配してくれた事で私の気持ちが一気にセトに向くと深い関係になりたいという気持ちが加速していった。


 セトがとった宿屋の豪華な部屋に寝室は3つあってその左手の部屋でアリスが寝ている。私は真ん中で右手がセトが寝ている部屋だ。


「……」


 私はベッドに座り右手に乗せた白い壺を見つめていた。


 手に収まるくらいの大きさをしているそれは母から貰った物だ。


 これを貰った時の事を思い出す……。



「お母さんどうしたの?」


 私の17歳の誕生日、屋敷で行われたパーティが終わった後お母さんに呼ばれていた。


「エニィ……ごめんねパーティに出れなくて……」


 この頃お母さんは未知の病にかかり、寝たきりになっていて元気で活発だった顔もやつれ薄暗い部屋で更に顔色が悪く見える。あまり顔を見せたくないのかいつも部屋を明るくしたがらなかった。


「しょうがないわ……それより早く病気を治さないとね? お父さんが聖都で医者や神官をあたってみるって言ってたから頑張ろ?」


 私の言葉に元気なく頷く、今までも色々試してダメだったから多分治らないと思っているのかもしれない……。


 お母さんは大事そうに持っていた箱をスッと私の手に渡した。


「何これ?」


「開けて」


 私は箱を開けその中に入っていた白い壺を出した。目の高さまで上げて珍しそうに眺めているとお母さんが口を開いた。


「それはね私の家に代々伝わる道具なの」


「へぇ〜 何に使うの?」


「ふふふ」


 私はお母さんからその効果を聞くと固まってしまい何も言えなかった。


 これはヤバいやつじゃ……そう思っているとお母さんは少し微笑んで私に言った。


「エニィ……この先きっと出会えるわ、運命の人に」


「いつになることやら……まあしばらくは無いと思うけど!」


 私はこの頃数えきれない程多く貴族の男にいいよられて男が嫌いになっていた。まあお父さんがいるから私に近づくのは至難だけどね。今まで色々な男を見てきたけど心が動く事は無かった。私がおかしいのかと思った時期もあったけど今はお母さんの病気を治す事が私のやるべき事と決めて考えないようにしていた。


「ふふふ、私もねこれをお母様から譲り受けた時そう思ったわ、そんな人いるのかな? ってね」


 お母さんは遠い目をして話を続ける。


「でもカイアス様を見た時私の胸は跳ね上がった、この人だって嬉しかったのを覚えているわ」


「いいなぁ……私にも会えるかな……」


「大丈夫……あなたはいい子だから神様が会わせてくれるわ……」


 


「お母さん見つけたよ……運命の人!」


 私はついに運命の人に出会えた。そう考えると幸せな気持ちで笑みが溢れる。


 ドキドキと高鳴る胸を押さえて私は自分の部屋を出た。


 時間はもう起きている人はいないだろう大きな部屋は薄暗くシーンとしていた。


 ゆっくりとセトの部屋に忍び込むと私はうなされているセトに絶句した。


 苦しそうに呻き声を上げる姿に私の胸は締め付けられ抱きしめたい衝動に駆られる。


 辛くて涙が視界を歪めた。どうしたらまだ若い男の子がこんなにうなされる程辛い目にあうの? ……それ程壮絶な人生をセトは歩んで来たんだ。


 ベッドに辿り着いた私はそっとセトの横に添い寝するように横になると近くでセトの頭を優しく撫でる。


 うなされていた顔が少し穏やかになるのを見ながら私はハッキリ心の中で気持ちを確認した。


 セトの力になりたい、ずっと一緒にいたい……私はセトが好き。


 不意にセトの目が開き私を捉えると驚いて目を見開いている。


 ふふ、セト驚いてる……。


 私はセトに思いを告げる為高鳴る胸を必死に押さえ口を開いた。

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