第5話 神宮前

 月に2回ぐらい、週末に莉菜とは一緒に散歩するような日々を過ごしていた。莉菜も、学校が変わって、婚約者が亡くなったからと周りが変に気を使うので少し孤立しているのかもね。だから、クラスでは馴染めていない私とは境遇が近いって思っていたのかもしれない。


 11月の最後の週に、莉菜に神宮前の銀杏並木を見に行こうと言ったら、懐かしいから是非行きたいと言っていたわ。もちろん、莉菜との思い出の場を選んでるんだから、当然だけど。


「ここの銀杏並木って、特別よね。圧倒的な迫力で銀杏が並んでるっていうか、黄色一色の世界よね。」

「本当に、綺麗の一言ですよね。私は、一面黄色いこの景色も好きだけど、太陽にかざした1枚の銀杏の葉っぱを見るのも大好きなんです。木の葉だと木漏れ日っていうんでしょうけど、銀杏だとなんと言うのかな。とっても、葉っぱが鮮やかな色になって、そこに太陽の光がキラキラして、本当に綺麗。」

「私も、その気持ち、わかるわ。紅葉とかもそうだものね。あれ、聖奈さんの頭に銀杏の葉っぱが。なんかアクセサリーみたいで素敵よ。」

「それだったら、ずっと付けておこうかな。銀杏並木を過ぎると、変な人かもしれないけど。ところで、この銀杏並木はなくなっちゃうとかニュースに出ていた記憶があるんですけど、なくならないといいですね。」

「本当に。ところで、なんか、聖奈さんにいう話しじゃないんだけど、とは言っても今更だし、言っちゃうけど、ここに彼と来た思い出があるのよ。彼と初めて夜を一緒に過ごして、朝、起きて、この一面黄色い銀杏並木の下のカフェで、朝ご飯を一緒に食べたの。そんな話し、女子高生に先生が言っちゃダメかな。」

「今どきの女子高生はもっと進んでるし、そんなことダメなんていう人いないですよ。」

「そうよね。彼と夜通し、たわいもないことを話したという幸せな時間、そして、朝、起きたら横に彼がいるという安心感、そして、初めての一緒の朝ごはん、とっても幸せな日だった。そういえば、最初に彼と出会ったのも、大学の銀杏並木だった。銀杏とは縁があるのかしら。」


 莉菜の顔を見上げると、目から涙が1滴、頬を流れていった。莉菜は、その顔を見られたくなかったのか、歩き始めたので、私は、追いかけ、横を一緒に歩いた。


 その時、莉菜は私の手をつないできた。


「ごめんなさい。なんとなく、聖奈さんといると、彼と一緒にいるような気持ちになって。急に、気持ち悪いわよね。」

「そんなことないです。莉菜さんとは、この銀杏並木を手をつないで歩きたいと思ってましたから。」

「嫌じゃなければ、このまま手を繋いでてくれる。聖奈さんの手は暖かい。」

「手を繋ぐと、この一面、黄色い世界で一緒にいれれるのは素敵って、肌から感じられて素晴らしいですよね。」

「そうね。」


 銀杏並木では、銀杏の葉っぱが風が吹くたびにサラサラと落ちていった。地面も葉っぱで黄色で、なんか、黄色い別世界にいるようだったわ。


 そんな中で、私は、莉菜の暖かい手を握り、一緒に歩いている。もう、周りの人が見えないぐらい、黄色い葉っぱに見守られた、2人だけの世界みたい。私達の周りで、銀杏の葉っぱが渦を巻き、私達を祝福してくれているみたい。


 私は、莉菜を抱きしめたい衝動に駆られた。でも、だめ。私は、女性だから、そんなことしたら、莉菜に嫌われる。


 また、莉菜が付き合っていた彼は、私よなんて言えるはずないじゃない。そんなこと言ったら、これまで騙していたのねって、もう話してもらえなくなると思う。こんな体になっちゃったんだって、がっかりさせちゃう。


 暖かい莉菜の手を、ぎゅっと握って、2人は、ゆっくり前に進んで行った。


 銀杏並木を通り過ぎ、周りも暗くなってきたので、一緒にイタリアンレストランに行ったの。私は、お酒は飲めないけど、莉菜は、ワインを飲んでいたら、最初は陽気だったけど、途中で酔っ払ったのか、席で寝てしまった。まだ、気持ちが安定していないのね。


 お金は私が払って、タクシーに一緒に乗せて帰ることにした。女性が1人の大人を抱えてタクシーに乗せるのが、こんなに大変とは思わなかったけど。


 莉菜の家は知っていたので、タクシーの運転手に告げて、家まで向い、鞄の中にあった鍵でドアを開けて、ベットに寝かしつけた。


「どうして、誠一、いなくなっちゃたの。私は、ずっと、あたなと一緒に過ごしたかったのに、つらい。もっと、私のこと、大切にしてよ。あなたと一緒にずっと暮らす私の夢はどうなっちゃうの。あなたがいない世界なんて、灰色。あなたと会いたい。」


 そんな寝言を言っている莉菜の姿を見ているのは辛かった。私は、すぐに部屋を出て、目には涙をいっぱいにして家に帰った。

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