花の如く
夜海ルネ
日影に咲く花
日も当たらない路地裏で咲いている花を見ると、苦しくなる。
日の光がなくても必死に根を張る花。それを見下ろす自分は、対照に太陽の下を歩いていても胸を張ることができない。
だって自分には何もない。
我武者羅に走り続けた部活でも結果は残せなかった。
遮二無二努力した勉強だって今では中途半端。
わけもなく始めたスマホゲームもいつのまにかアンインストールしていた。
狂ったようにパソコンに向かって書き続けた絵も、自らの手でフォルダごと葬り去った。
自分には何も残らなかった。
何をやっても、何者にもなれなかった。
そもそもなんのために生きてきたんだ。この世に何も与えられないくせに、自分はなんのために生きているんだ。
こんなに苦しいだけの世界なら、いっそ終わってしまえば良いのに。
幾度そう思っても自分が今ここに立っているのは、その過激な思想を実行に移すことがずっとできなかったからだった。
だけど今。決心がついた。路地裏に咲く花を見て決めた。
自分にはもう、何かを生み出すことなどできない。この世界を浪費する前に、消えてしまおう。
ふっと頭に思い浮かんだのは、屋上からの転落死だった。いちばん楽に死ねると思った。
適当に立ち入りできそうな雑居ビルを見繕って、無断で中に入り鉄製の階段を登っていく。
カンカン、と自分の足音がいやに響くのはきっと、自らが死へと近づいているからなのだろうと思った。
屋上のドアを開けた。生ぬるい風が前髪を静かに弄んだ。いよいよだな、と思って喉元にせりあがってくる何かを必死に飲み下す。
一気に歩みを進めて、屋上のフェンスに手をかけた。
見下ろすと、三階建てビルの屋上からの景色はなかなかのものだった。
道路を行き交う車。これは死ねる。そう思った。
音もなく、じっくりと、だが確かに近づいてくる。
たまらず息を呑んだ。口の中に唾がたまった。
かつてないほどに心臓が高鳴った。
自分が何を考えているのかわからなくなった。死を前にして、限りなく冷静であって、また限りなく高揚していた。
ふと足元に目がいった。
驚愕した。
足元に花が咲いている。さっき路地裏で見た、しおれかけの花と同種だった。その花は、太陽の光を一身に浴びて輝いていた。
こんな、こんな偶然があるだろうか。
いいや。そもそも偶然なのだろうか。
自分は気づいた。路地裏の小さな命の気高さと、自らの愚かさに気づかされた。
路地裏の花の本来あるべき姿というのは、屋上に咲く花のように太陽の光を浴びて咲き誇るものであった。
だがどうだろう。咲く場所を誤ってしまった
光を知らない花は、必死に生きているのに。光を無条件に受けていた自分は、この世界から消えるのか……?
ああ、まだ、死ねない。
本当は、好きなことだっていっぱいある。
やりたいことだっていっぱいある。
まだ時間はある。もう一度やり直したい。
生きてていいって赦しが欲しくて、何かに縋るように生きてきた。
だけどもう、何かに頼るような年じゃないだろ。
ひとりでだって、生きていけるだろ。
あの花は、今も独り、気高く咲いている。
そう、自分だって、あの花のように咲いてみたい。太陽があってもなくても、自分の力で、まっすぐ。
花の如く 夜海ルネ @yoru_hoshizaki
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