第159話
預言者。
祈りの力を束ねて求める未来に繋がる道を予知する魔法の使い手。
なるほど、確かにそんな魔法を使える者がいるならば、結界の整備中に襲撃が行われなかったのに、林間学校では星の灯が年経たワイアームを目覚めさせるまでに至った事にも、一応の納得がいく。
……いや、でもどうして、そんな魔法を使える者がいて、僕が星の灯に確保されてない?
ワイアームが目覚めた事を切っ掛けにケット・シーの村に帰郷した僕は、以前よりも妖精に近付いて、それが彼らの思惑通りだから、今も掌の上を泳がされているだけ?
考えてもわからないけれど、何だかとても不快で、気持ちの悪い話だ。
星の灯が求める未来に繋がる道を歩いているなら、これまで僕が考え、決断し、行動して来た事は一体何だったのか。
「そんな力、あり得るの?」
僕がそう問うたのは、一緒にマダム・グローゼルの話を聞いていたシャム。
マダム・グローゼルに関しては、当然ながらその力があると思ってるから、僕にこの話をしたのだろう。
でも僕はそれを否定して欲しくて、人間の魔法使いとはまた違い視点を持ってる妖精のシャムの意見を求める。
「そうだね。なくはないと思うよ。そこまで大袈裟な物じゃないけれど、妖精にも似たような力を持ってるのはいるから。例えばコーボルトは災害を予見するし、バンシーは人の死を予知して嘆く妖精だよ」
しかしシャムも、予知の魔法に関しては存在しててもおかしくないって考えらしい。
コーボルトにバンシー、あぁ、確かにそれらの妖精が持つ力は、マダム・グローゼルが言った預言者に近いものがある。
ならば確かに、多くの祈りを束ねて強い力を発揮できるなら、求める未来に繋がる道を予知するなんて真似も可能か。
……そんなの、一体どうやって対抗したらいいのか、さっぱりわからない。
僕の行動も、結局は星の灯に都合のいい未来に繋がるなら、何をしても無駄になる。
「ただ、仮にそれがあったとしても、キリクが考える程に先を確実に決めてしまうものじゃないよ」
けれども、恐らく僕の考えを察したシャムは、首を横に振ってそう言った。
あるかどうかについては断言しないが、確実なものではないという事に関しては、とても自信ありげに。
「コーボルトが土砂崩れを予言した山を、先に竜が消し飛ばしたら土砂崩れは起こらない。バンシーの死の予知を受けても、死の原因を突き止めれば回避できる事もある」
そして出て来たシャムの例え話に、僕は思わず笑ってしまう。
バンシーの話はともかく、コーボルトの予言の覆し方は、そんなのとても滅茶苦茶だ。
あぁ、でもそういう事か。
結果を真っ向から蹴り飛ばせるだけの力があれば、預言なんてあってもなくても意味がない。
星の灯の預言者が、僕の何を予知していたとしても、その結果を粉々に破壊してしまえるだけの力を、この身に宿せば良いだけだ。
それこそ、竜の如く強い力を。
もちろん、その力とは単純に強くなるだけじゃなくて、多くの仲間を増やしたり、入念な準備を行う事でも得られる。
やるべき事は、これまでと何も変わらない。
ただ相手の予知の枠を超えて、僕が強くなればいいのだ。
「そうですね。預言者の力が完全なものなら、まずこの魔法学校が今の形で存在してはいないでしょう。今は取り敢えず常ならぬ手段で情報を抜かれているとだけ、考えて貰えれば十分です」
僕とシャムの会話を聞いてたマダム・グローゼルがそんな風に付け加える。
確かに、星の灯が未来を好きにできるなら、ウィルダージェスト魔法学校をそのままにしてる筈もない。
まぁ、情報を抜かれている事は厄介と言えば厄介だけれど、それはその前提で動けばいいだけの話だ。
「ジャックスさんとも、ある程度の情報は共有しておいた方が良いでしょうね。こちらとしては、世界の崩壊の真実等、キリクさんだからこそ教えた事を伏せておいていただければ、それで構いません」
マダム・グローゼルの言葉に、僕は頷く。
どの程度の事を話すかは十分に考える必要があるけれど、星の灯に関してはジャックスと共有しておく必要がある。
恐らく、マダム・グローゼルがこの時期に結界の整備なんて方法で内通者の存在を確かめようとしたのは、夏休みに僕がジャックスの初陣に同行するからだ。
自惚れでもなんでもなくて、それ程に彼女は、僕が星の灯の手に落ちる事を恐れてる。
口には出さないけれど、僕が戦場に行ったとしても、魔法学校の工作員である影靴が、どこからか護衛、或いは監視をするんだろう。
それは至極当然の話だ。
僕だって、仮にマダム・グローゼルの立場なら、同じようにすると思う。
その上で、忘れてはならないのは、彼女はリスクを冒しても、僕を自由にしてくれてるって事だった。
きっとそれは、マダム・グローゼルが校長『先生』だから。
僕はその厚意と信頼は、裏切っちゃいけない。
夏休みまでには、まだ幾らかの時間はある。
故に、マダム・グローゼルが僕の準備にそれでも不安があると言った以上、より入念に準備をしておこう。
それが彼女の厚意と信頼に対する、僕の答えだ。
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