第115話


 魔法史の試験中、

『問39、今知られてる歴史上、最も人類に脅威を齎した魔法生物は何か』

 って問題を目にして、僕はふと手を止める。

 どうしてだろうか、その問題に何か違和感を覚えたからだ。

 この問題って、どちらかといえば魔法史というよりも、魔法生物学の問題だなぁって思ったけれど、それ以外にも、何か妙な違和感があった。


 答えは、恐らく竜だろう。

 辺境に住む人々にとっては、ダイアウルフやハーピーといった魔法生物の方が、身近な脅威ではあるのかもしれないけれど、人類にって規模の話になると、竜以外には考えられない。

 滅多に人前に現れる事はないけれど、国を簡単に滅亡に追いやってしまう力を持った魔法生物は、そう滅多にいる訳じゃないから。

 竜って名前は、魔法生物の中に在ってもやはり特別なものだ。


 多分、サービス問題のようなものなんだろうけれど……、何でこんなに引っ掛かるのか。

 実際のところ、竜が一体どういう存在なのかは、詳しくは教えられていない。

 単にまだ習ってないだけなのか、それとも魔法使いにとっても、竜って存在は謎だらけなのか、その辺りはわからないけれども。

 ただ、歴史に時々だが名前が出て来ては、国を幾つも亡ぼしたり、或いは特に何もしない事もあるそうだけれど、人類を大いに脅かしてきたという。


 最も最近、竜の名前が歴史に出て来たのは、北の国を滅ぼし掛けた巨大な悪竜だ。

 マダム・グローゼルに魔法で封印されたそうだけれど、それでも北の国が受けた被害は大きくて、国土の大半が竜の谷と呼ばれる危険な場所に変わってしまったと聞いている。

 でも幾らマダム・グローゼルが偉大な魔法使いとはいえ、人の手で打ち倒せる魔法生物が、そんなに脅威なのだろうか。

 少し疑問に思ってしまう。


 でも多分、僕が違和感を覚えた部分はそこじゃなくって、今知られてる歴史上って言葉だった。

 だって、それだとまるで、知られていない歴史では、竜以上に人類に脅威を与えた存在があったって言われてるみたいに、感じてしまったから、

 いや、もちろんそれは考え過ぎで、魔法史のヴォード先生は特に深い意図もなく、失われた歴史と今の歴史を区別しただけだって可能性の方が高い。

 なのに、うん、何故か僕は、その特に意味はないだろう言葉が、引っ掛かって気持ち悪いのだ。


 もしも、竜以上に人類を脅かせる魔法生物がいるとすれば……、それは個の力ではなく、集の力で人に脅威を齎すだろう。

 個の力では、竜は頂点に近い存在だった。

 他に、僕を含む人類が知らない、もっと強力な魔法生物がいる可能性は皆無じゃないけれど、目の前に現れず、知りもしないなら存在していないのと大差はない。

 だが個ではなく、集の力でなら、僕は竜を上回るだろう存在を知ってる。


 そう、それは、ケット・シーを含む妖精だ。

 とてもあり得ない想定だけれど、仮に僕が生まれ育った村のケット・シーが、人の国を滅ぼそうと決めたなら、それは恐らく可能だった。

 あの村のケット・シーのみで国を亡ぼせるなら、妖精の領域で暮らす他の妖精も加われば、齎される破壊はもっと大きなものになる。

 ……万に一つそんな事があったなら、それこそマダム・グローゼルにだって、きっと止められはしないだろう。


 しかし妖精が、わざわざそんな面倒な真似をしようとするとは、僕には到底思えない。

 妖精は人とは価値観が違うから、単なる悪戯の心算で、或いは善意であっても、結果として人が害を被る事はある。

 また中には悪意に満ちてたり、血に飢えた妖精もいるから、少数の人に被害を与えるってケースは多々ある筈。

 ただ妖精が全体として、人を敵と見做すって事は……、やっぱり僕には考えられなかった。


 他に何か、集の力が強そうな魔法生物はいただろうか?

 記憶の底を漁ってみると、……魔人って言葉が脳裏に浮かんだ。


 なんでも魔人というのは、人間以外の、魔法生物としての特徴を備えた人らしい。

 例えば、昼間は人間の姿で、夜になると半獣半人に、或いは完全な狼に変身するという人狼。

 随分と昔の話だけれど、ある王国の首都に潜んでいた人狼が、夜な夜な人を食い殺して、町を恐怖に陥れ、密かに魔法使いに討伐されたんだとか。

 表の歴史では、謎に包まれた殺人鬼として名を知られ、魔法史では魔人の一種である人狼が凄惨な事件を起こしたって習った。


 一種という以上は、他にも魔人は色々といるんだろうけれど、魔法史や魔法生物学の授業で習ったのは人狼のみだ。

 シャムに、魔人に関して知ってるかって問えば、

「あぁ、あの連中ね。知ってるけれど、妖精の口からは人間に言えない。関わる事なんてないから、気にしなくていいんじゃないかな」

 なんて風に言われてしまった。

 妖精の口からは人間に言えない。

 これはシャムの意思がどうこうじゃなくて、妖精全体が、それを口にしないと決めてるって意味だと思う。

 だから僕も、それ以上は聞けなかった。


 エルフとかドワーフとかが居るなら、如何にもファンタジーって感じなのに。

 知れない事を、少し残念に思う。

 いないならいないで、それで当たり前って思えるんだけれど、いるかもしれないってなると、会ってみたいなって欲も湧く。


 まぁ、いいか。

 考えてみたけれど、他の答えは思い当たらないし、この問題だけに時間を使い過ぎる訳にはいかない。

 僕は解答欄に竜と記入し、

『問40、北方三国同盟が瓦解し、ルーペット公国が滅びた戦争を引き起こした魔法使いの名と、その犯行に使われた魔法を述べよ』

 次の問題に目を通す。


 あぁ、これは表の歴史では、ルーペット公国の大使が式典で同盟国の王を暗殺した件が発端になった話で、北方三国同盟はこれによって瓦解して、互いに滅ぼし合う戦争状態に陥った。

 犯人は魔法使いのガベークション。

 変身の魔法で大使に化けて、王の暗殺後は騎士に切り殺されるって幻覚を見せて、本物の大使の死体をその場に残して自分は逃げた。

 後に他の魔法使いによって討伐されたけれど、ルーペット公国を滅ぼすって目的は果たしてる。


 なので答えは、ガベークションと、変身と幻覚だ。

 彼は戦う力は然程でもなかったそうだが、自らの姿を変えたり、人を惑わす術に関しては一流だったとされていた。

 さて、この答えを記入すれば……、残る問題は十問程度。


 時間はまだあるけれど、ちゃんと見直しもしたいし、さっさと仕上げてしまうとしよう。



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