第94話
なるほど、確かにこれはハーダス先生が遺した仕掛けだろう。
それはもう、一目でわかる。
床に埋まったプレートに、僕が指輪を填めた右手で触ると、何も書かれてなかったプレートに、
『騎士の如く動け』
って文字が浮かぶ。
あぁ、やっぱりそうか。
想像した通りの結果に、僕は一人納得する。
ヒントというか、そうした指示が出る事は予測してたし、その内容も、やっぱり思った通りの物だった。
「わっ、これがヒント? じゃあこの部屋って、やっぱり前校長が遺した、キリク君の探してた仕掛けなんだね」
驚いた様子のシールロット先輩に、僕は頷く。
ただこれ、仮に僕がハーダス先生の指輪を持ってなくて、このプレートを表示させれなくても、何度か挑戦して考えれば、恐らく解けた仕掛けだと思う。
そもそものヒントは、この床に描かれた正方形と、置かれた黒い像だった。
加えて、シールロット先輩が口にした言葉も、手掛かりだ。
黒い像は、形と大きさの異なる物が六個置かれてる。
一番小さなものは、円錐の頂点に球がのっかったような物。
二番目は馬の首を模した物。
逆に一番大きな像は、上に王冠に似た何かを乗っけてる。
つまりあれは、チェスの駒だった。
この部屋全体がチェス盤で、床の正方形はマスになってる。
僕が知る限り、この世界にチェスは存在してないから、誰も謎を解けないのは仕方ない。
そしてチェスであるという事がわかれば、駒を真似て動くというのはすぐに思い付く。
どちらに向かって歩いても、扉の前まで一直線に転移しても駄目だとなれば、そりゃあ残る動きはナイトの駒の動きしかなかった。
そう、要するに『騎士の如く動け』である。
尤もあの黒い駒は敵って扱いだろうから、単に扉を目指して動くだけじゃなくて、敵の駒に取られないように動く必要はあるだろう。
まぁ、種が割れれば、後は単に盤面を俯瞰して考えれば済む。
詰め将棋やチェス・プロブレムのように、難しい問題って訳じゃない。
僕は暫く考えた後、杖を振って魔法を使い、前に二マス、左に一マスの位置に転移する。
そのまま少し待ってみたけれど、思った通り、スタート地点に戻される事はなかった。
「シールロット先輩、僕と同じマスに転移してきてください」
僕が、スタート地点を振り返ってそう言えば、やっぱり驚いた様子だったシールロット先輩が、杖を振って同じマスにやってくる。
同じく彼女がスタート地点に戻された様子がない事を確認してから、次は敵の駒を避けなきゃいけないので、前に一マスと右に二マスの位置に転移した。
それにしても、短距離とは言え転移の魔法が必須の仕掛けか。
一マスが五メートル四方あるから、ナイトの駒の動きを真似るには、結構な距離を跳ばなきゃならない。
僕は普通に跳べるけれど、それはケット・シーの村で育ったからで、普通の生徒には無理だろう。
ハーダス先生だって、自分の次に生まれて来る星の知識の持ち主が、そんな特殊な環境で育つなんて予想してなかったと思うから、この部屋の攻略は短距離を転移する魔法ありきで考えられている。
でも星の知識の持ち主は、高い魔法の才能の持ち主でもあるから、ここを訪れる頃、つまり高等部にあがった後なら、短距離を転移する魔法は使えて当然って想定も、頷けなくはなかった。
実際、僕だってまだ初等部の二年生ではあるけれど、こうして攻略できてる訳だし。
けれども次の転移をしようとした時、ふと、敵の駒を取ったらどうなるんだろうって気になる。
別にわざわざそんな事はしなくても、避けて奥に辿り着く道はわかってるんだけれど……、僕は一度手を止めて、もう一度場面を俯瞰して考え、敵の駒を全て取った上で、ゴールに到着する道を考え直した。
ここからポーンが置かれてるマスには飛べるんだけれど、そしたらルークに僕が取られてしまうから、先にあっちを取らなきゃいけない。
杖を振り、予定していた場所とは別のマスに転移して、更に転移して、僕はルークのマスに飛ぶ。
マスが大きいだけあって、置かれてる駒もやっぱり大きく、六種類の中で四番目に大きなルークの駒は、三メートル近い高さがあった。
同じマスに入っただけでは、ルークの駒には何の変化もなかったけれど……、指輪を填めた右手で触ると、大きな駒はスッと消えてしまって、その代わりに僕の手の中に、小さなルークの駒が残る。
一体、どういう仕組みなのか、目の前で起きた現象なのに、何一つとしてわからない。
ただ一つわかるのは、やっぱりハーダス先生って、凄い魔法使いだったんだなぁって事だけだ。
他に置かれた大きな駒も、同じようにマスに入って触れると消えてしまって、結局僕の手の中には、六つの小さなチェスの駒が残る。
ナイトの動き真似る以上、同じナイトだけは取れないなって思ってたら、他の五つの駒を全て取ると、まるで降参するかのように、ナイトの像は自ら駒になって、僕の手の中に飛んで来た。
引き寄せる魔法を使った訳でもないのに。
シールロット先輩が気になった様子だったので六つの駒を手渡すと、
「うわぁ、凄いよ。もしかして、これ、全部アダマスじゃないかな。何かの魔法も掛かってるみたいだし、それ、絶対に見せびらかしちゃ駄目だよ」
そんな風に教えてくれた。
アダマス……、聞いた事のない金属だ。
そんなに貴重品ならと、一緒に探索をしてくれてる事の御礼に山分けを提案すると、
「うぅん、それは駄目。案内の御礼にしては大き過ぎるし、これを残した前校長って、多分だけれど、この部屋の謎を解ける人に、それを渡したかったんだと思うから、私は受け取れないよ」
首を横に振って断られてしまう。
僕的には、自分ばっかり得をするのって、ちょっと据わりが悪いんだけれど……、無理に押し付けるのも、それはそれで違う話である。
だったらひとまずは、僕が貰っておく事にして、先に進む。
アダマスがどんな金属なのか、他にどんな御礼なら受け取ってくれるのか、聞きたい気はするけれど、それはこの部屋、大きなチェス盤の上でする事じゃないだろう。
もう幾度か、杖を振って転移して、僕らはナイトの駒のように動きながら、部屋の奥にある扉の前に辿り着く。
すると、僕らがそこに立った途端、ガチャリと扉は音を立てて鍵が外れ、ギィッとひとりでに奥へと開く。
扉の奥は、ずぅっと細い道が奥に続いてて、突き当りは、以前に指輪を手に入れた場所を思い出すような、小さな部屋があった。
部屋の真ん中には台座があって、その上には小さなケースが一つ置かれてる。
以前に指輪を手に入れた部屋との違いは、台座に文字が刻まれてないのと、置かれている物が何かのケースである事だろうか。
ケースを手に取り開いてみると、特に何も入っていない。
ただその中は、丁度さっき手に入れた六つの駒が入るように、その形に窪んでた。
つまりここの仕掛けを解いて手に入る宝物は、駒の方だったという訳だ。
シールロット先輩はそれを見て、ほら見た事かと言わんばかりの、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
なんだか少しそれを悔しく感じてしまうけれど……、楽しいから、まぁいいや。
今回の借りは、いずれ何かの形でお返しをして、林間学校の時のお土産のように、アッと驚かせてやろうと思う。
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