第92話
本校舎の三階より上は、高等部の生徒が利用する為の階になる。
初等部の生徒が立ち入っちゃ駄目とは言われてないんだけれど、二階と三階を繋ぐ階段は隠されてて、どこにあるのかは僕も知らない。
職員室は二階だから、先生が上の階へと行く方法がない筈はないのだが……。
要するに、それを見付けられない者は、立ち入るなって事なんだろう。
しかし本校舎の三階より上に行く方法は他にもあるのだ。
黄金科、水銀科、黒鉄科の三つの別校舎からは、渡り廊下が伸びていて、本校舎の三階へと直接行く事ができる。
高等部の生徒は基本的に、その渡り廊下を通って本校舎に出入りしていた。
まぁ、どうしてそんな話をするかというと、今、僕はシールロット先輩に連れられて、水銀科の別校舎から、本校舎へと続く渡り廊下を渡ってる。
実はこの渡り廊下は、本当は水銀科に所属しない生徒は渡れないらしい。
何でも三つの科の争いが激しかった頃は、他の科に対する妨害も横行していたそうで、こうした防衛機能が必要だったのだろう。
普段は渡り廊下の一部が欠けており、その科に所属する生徒が渡ろうとする時のみ、大気が固まり足場となって、渡り廊下の欠けを埋めるのだ。
だったら何故、僕はこの渡り廊下を渡れてるのかって話になるんだけれど、それはもちろん、シールロット先輩が先を歩いて、大気を固めて足場を固めてくれてるからだった。
でも大気が固まった足場は透明で、足を乗せて体重を掛けるまで、本当にそこに存在してるのかわからない。
ましてや僕は、本来はここを歩く資格のない人間なのだ。
足を踏み出す事を多少は躊躇ったり怖がっても、そりゃあ仕方ないだろうって思う。
「キリク、遅いよ。あんまりシールロットから離れたら、本当に落ちるからね」
肩の上で、シャムが急かすように言うけれど、足はゆっくりとしか進まなかった。
そりゃあ、魔法を使えば落ちても平気ではあるんだけれど、見えない足場を進む不安は、大丈夫とか大丈夫じゃないとかって問題じゃない。
シールロット先輩は笑いながら少し先で待っててくれて、ちょっと恥ずかしくなる。
こうして本校舎に向かうのは、三階より上にも隠されてるであろう、ウィルダージェスト魔法学校の前校長、ハーダス・クロスター……、もとい僕と同じ星の知識を持っていた、ハーダス先生の遺した仕掛けを探す為だ。
夏期休暇で魔法学校から人が少くなってる今ならば、比較的だが目立たずに、隠された仕掛けを探す事ができるから。
今は昼と夕方の中間くらいの時刻だが、にも拘らず、ここに来るまで誰にも会わなかったし。
もちろん、僕一人だと本校舎の三階より上で探し物をするなんて無謀だけれど、シールロット先輩の手伝いがあれば、本校舎の探索もできると思う。
卵寮と本校舎以外にも、ハーダス先生が学生時代に所属したという黒鉄科の寮や別校舎も怪しく思ってるんだけれど、残念ながらそちらに入れる伝手が僕にはなかった。
少し時間は掛かってしまったけれど、無事に渡り廊下を通り過ぎれば、本校舎の三階に到着だ。
「ようこそ、本校舎の上層階へ。んー、たまに危ない仕掛けとかもあるから、気になる物を見付けたら、先に私にひと声かけてね」
シールロット先輩の忠告には、割と真剣な響きがあった。
何でも、昔に行われていたという、他の科に対する妨害に使われた罠の類が、未だに残ってたりもするらしい。
上層階って言葉は初めて聞いたが……、恐らく初等部の生徒も入れる一階と二階を下層とし、高等部にならないと入れない三階より上の階を、そういう風に呼ぶんだろう。
それにしても、新しい場所の探索って、どうにも心が躍ってしまうので、抑えるのに苦労する。
全く見知らぬ場所だったら、不安や緊張の方が勝つんだろうけれど、ここは未知の場所であると同時に、通い慣れた本校舎でもあった。
所詮は魔法学校の敷地内で、高等部とはいえ、多くの生徒が利用してる場所だし、何だかんだでどうにかなるだろうって侮る気持ちが、僕の心のどこかにあるのかもしれない。
……でも、よく考えようか。
戦う力を身に付けさせる為とは言え、危険地帯であるジェスタ大森林の中に、生徒を放り込む魔法学校だ。
初等部の生徒に対してすらそんな事をさせるのだから、高等部の生徒に対しては、もっと危険な場所で学ばせていてもおかしくはなかった。
そもそも、ここが安全な場所だったら、シールロット先輩がわざわざあんな風に忠告する筈もない。
少しばかり危険なくらいの代物なら、彼女の研究室にだって転がっているのだから。
「ゆっくり調べようとすると、何日あっても足りないだろうから、今日はサラッと見て回る? それとも少しずつでもじっくりと調べたい?」
僕が考え方を改めてると、探索の仕方に関して、シールロット先輩が僕に問う。
あぁ、方針は僕に決めさせてくれるのか。
どうやら彼女は、あくまで手伝いという立場で、僕らを案内してくれる心算らしい。
さて、しかし一体どちらにしようか。
視線を肩のシャムへと向けると、小さな鳴き声が返事だ。
シャムも、僕に好きに決めろと言っている。
だったら、
「今日は少しでも良いから、シールロット先輩が何かありそうだって思う場所を重点的に」
僕が選ぶのはこちらだった。
サラッと全体を見て回るのも悪くないけれど、僕が高等部となって、実際に本校舎の上層階に通うようになれば、自然と必要に迫られて見て回る事になるだろう。
それよりも、今日のところは案内役であるシールロット先輩の、知識と勘を信じたい。
多分きっと、その方が面白いから。
そう、ハーダス先生の遺した仕掛けを探すのは、僕はできれば楽しみたいのだ。
仕掛けの先にハーダス先生の遺産があってそれを手に入れれば、確かに僕の助けになるかもしれない。
しかしそれは、決して必須ではないと思う。
前回の卵寮での探索は、最終的にあんな事になってしまったけれど、途中までは楽しかった。
本校舎の中庭で、マインスイーパーの仕掛けを見付けた時も、その存在に驚きはしたが、何だかんだで楽しかったし。
恐らくハーダス先生は、自分と同じ星の知識を持って生まれた誰かに楽しんで貰いたくて仕掛けを遺したんであって、仮に遺産があったとしても、それはオマケに過ぎないんだと思う。
単に遺産を渡す事が目的だったら、マダム・グローゼルに預けておくとか、確実な手段はもっと他にあった筈だ。
そうせず、ちゃんと探して貰えるかどうかもわからない仕掛けを遺したのは、自分の同類に楽しんで欲しかったからだろうし、同時に自分もそれを用意するのが楽しかったからじゃないだろうか。
だから僕は、たとえ結果が空振りでも構わないから、今日も探索を楽しみたいと思ってる。
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