第33話
後期も授業は、基礎呪文学、戦闘学、錬金術、魔法学、一般教養の五つ。
二年になれば色々と科目が増えるらしいけれど、一年の間はこの五つで変わらない。
ただ、科目は変わらずとも、その授業内容は当然ながら前期よりも難しくなっている。
例えば錬金術は、教えて貰った魔法薬はこれまでよりも工程が幾つも増えているし、魔法学では、魔法生物の観察の為に入る森の範囲が、今までよりも深い。
「この辺りに住む生き物は、突然襲ってくる事もあるでの。決して杖からは手を放さず、鎧の魔法を唱えられるようにして、油断はせんように。もしも友人が襲われ、抵抗できなければ、直ぐに誰かが魔法をかけて助けるのじゃ」
なんて風に、魔法学を担当するタウセント先生は、笑いながらそう言ってた。
このベテランの、ご老人の先生は、魔法の、魔法生物の危険を肌で感じる事を重視してるから、恐らく本当に、ギリギリまでは生徒に任せて、助けの手は出さないだろう。
僕以外のクラスメイトも、後期にもなればそれを感じ取っているのか、近頃は森に入る時には、皆が緊張感に満ちている。
この日、僕らがその姿を見に来たのは、暴食の壺って名前の植物だ。
いかにも危険そうな名前だけれど、実際にとても危ない魔法生物である。
甘い香りのする蜜を、ウツボカズラのような大きな袋の底に蓄えていて、それを舐めに来た昆虫、動物、あらゆるものを捕食してしまう。
しかしその蜜は、実は獲物を捕らえる為の麻痺毒と、消化液を兼ねていて、小さな昆虫の類に関しては、蜜に触れた時点で酔って、その中に沈んで溶けていく。
大きな動物に対しては、蜜を舐め始めた時点で袋の蓋を閉じて袋を締め上げ、麻痺と拘束、二つの縛りで動けなくなった獲物を、ゆっくりと長い時間を掛けて溶かす。
今、目の前にある暴食の壺は蓋が閉じていて、普段は隠してる触手が、中身を守るように攻撃態勢に入ってるから、既に何らかの獲物が捕らわれているのだろう。
締め上げられた袋の形的に、恐らく暴食の壺の脅威を知らなかった、小鹿辺りが。
僕は、不要かもしれないけれど手を伸ばし、パトラの腕を掴む。
優しい彼女が、衝動的に要らぬ手出しをしてしまわぬように。
実は僕は、この授業を受ける前から、暴食の壺に関しては知っていた。
シールロット先輩のアルバイトで、錬金術の素材として、暴食の壺の蜜を採取しに来た事があるからだ。
その時に教えて貰ったのだけれど、暴食の壺は普段はジッと動かないが、中に獲物を捕らえている場合は、隠していた触手を露わにし、近寄る者を無差別にそれで打ち据える。
触手も、蜜と同じ成分の麻痺毒を分泌していて、それを受ければ、場合によっては森の中で身動きが取れなくなってしまう。
もちろん今は授業できてるから、僕も含めたクラスメイトが助けるだろうし、タウセント先生だっている。
たとえ麻痺毒を受けたとしても、無事に森を出られるだろうけれど、……そうなるとパトラに対するタウセント先生の評価が下がる事は、避けられない。
今、タウセント先生は、生徒達の行動を、一歩離れた位置からジッと見守っていた。
けれどパトラは、腕を掴んだ僕を振り返り、
「……うん、わかってる。わかってるから。ありがとう、キリク」
声は少し暗かったけれど、ハッキリと僕に伝わる大きさで、そう言う。
少し、彼女を侮り過ぎてたかもしれない。
パトラは、それが自然の摂理だとわかっていても、可哀想だって感情のままに行動するんじゃないかと、そんな風に。
ただ、目の前で他の命が、それも多分、小鹿が捕食されてるというのは、当然ながらショックはある。
彼女よりはずっと割り切れてるだろう僕だって、決して気分のいいものではないのだから。
ふと、僕の肩が軽くなった。
シャムが乗っていた僕の肩を蹴って跳び、パトラの肩に着地したのだ。
突然の行動に、僕も驚いたけれど、それ以上に驚いたのはパトラだった。
授業中だからか、声こそ上げはしなかったけれど、驚きの表情でしっかりとシャムを抱きとめている。
あぁ、もう、したかった事はわかるけれど、突然だなぁ。
僕は叱られやしないかと、ちらりとタウセント先生の様子を伺うと、向こうもこちらを見ていたから、ばっちりと目が合う。
でもタウセント先生は何も言わず、フッとばかりに笑みを浮かべた。
どうやら目の前の光景にショックを受ける事も、ショックを受けた女生徒を慰めるのも、見逃してくれるらしい。
他のクラスメイトも、幾人かは強くショックを受けていて、仲の良い友人が慰めている。
「うん、シャムちゃんも、ありがとう」
シャムを抱きかかえたパトラの言葉は、先程よりも少し、明るくなってる。
僕はまぁ、肩の軽さに物足りなさを覚えるけれど、……暫くの間はいいだろう。
ちなみに暴食の壺の蜜は、錬金術の素材としては非常に有用で、甘い匂いを強めれば生き物を誘引する香が作れるし、生き物を麻痺させる魔法薬、逆に麻痺を解除する魔法薬の材料にもなる。
他にも、痛み止めにも使えるそうだ。
尤もだからといって、食われてる小鹿が報われる訳じゃないんだけれども。
このように後期の授業は、前期程には、手緩くはなかった。
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