第16話


「さっきのさ、鶏を綺麗な声で鳴かせる魔法薬、上手く作れなかったんだけど、何かコツってあったの?」

 ある日、錬金術の教室から、何時もの教室へ戻る道中。

 友人の一人であるクレイが、僕の横に並んでそう問うた。

 授業の後、少しの時間ではあるけれど、僕と彼は、こうして互いに、授業のポイントを確認し合う。


「あぁ、多分だけど、火に長く掛け過ぎたか、距離が近過ぎて、溶液の温度が上がったんだと思うよ。赤苦草の薬効って熱ですぐに飛んじゃうから」

 クレイは賢く努力家で、基本的には優秀なのだけれど、基礎呪文学と錬金術は少し苦手にしてる。

 どちらも努力でカバーはしていて、クラスメイトの中では優等生だけれど、彼はそれに満足していない。

 ただその必死さで、視野が狭くなってないと良いのだけれども。


 僕の言葉に、クレイはハッとした顔になり、それから恥じたように、頭を掻いた。

 どうやら以前の授業で、赤苦草の扱いに関して教わった事を、思い出したらしい。

 恐らく彼は、今回の魔法薬を作るのに失敗したのは、自分が苦手とする、魔法の扱いにあると思い込んでいたのだろう。

 その、苦手意識が故に。


 ただ別にクレイが、魔法の才能に欠けてる訳じゃない。

 寧ろ基礎呪文学で、新しい魔法を習得するのは、クラスメイトの中でも比較的に早い方なのだ。

 だけど彼は、賢く物事の理解が早い分、学んでも、努力をしても、感覚を掴まなければ上手くいかない魔法に、もどかしさを覚えてる。

 まぁ、以前のように熱意が空回りしてる状況は、脱しつつあるようにも見えるが。


「でもこの薬、何に使うんだろうね。わざわざ作る意味って、何かあるのかなぁ?」

 僕がそう言って首を傾げると、クレイは可笑しそうに笑ってくれた。

 少し前の彼なら、僕が冗談でそう言ってると気付かずに、真面目に考えこんでたかもしれない。

 実際のところ、鶏を綺麗な声で鳴かせる、なんて魔法薬にも、何らかの意味はあるのだろう。

 じゃなきゃ、クルーペ先生だってわざわざ授業で教える筈がない。

 僕もクレイも、それがわかった上で、冗談を言ってるだけだった。


「そう言えば、上級生からの依頼って、どうなの?」

 ひとしきり笑った後、ふと、クレイが聞いてくる。

 あぁ、そりゃあ、彼なら気になるか。

 クレイも、そりゃあ無一文だった僕程じゃないが、裕福な方では決してないから。


「面白いし、それに為にもなるよ。先輩は、僕らのこれからを、既に経験してるからね。例えば、ほら、前期の終わりには試験があるって言ってたよ」

 僕は自信をもって、そう答えた。

 その気があるなら、僕はクレイも、何かアルバイトをした方がいいと思う。

 短期的に見れば、彼が勉強に費やしてる時間は減るだろうが、長期的に考えると、先の情報を仕入れる伝手を作る事は、必ず役に立つ筈だから。

 何の仕事を選べばいいのかわからないなら、僕が一緒に選んでもいいし。

 尤も、僕が受けてる、シールロット先輩のアルバイトを譲ってくれって言われたら、それは無理だと断るけれども。


「……試験か、何があるんだろう?」

 だけどクレイが気になるのは、僕が得られた知識の例として挙げた、試験の方らしい。

 前期の終わりだから、恐らく試験は六月末か、七月の頭、……まだ二ヵ月程は先になる。

 恐らくその日が近付けば、ある程度の概要は教えて貰って、備える形になると思うだけれども。


 いや、わからないか。

 だって魔法学校だもの。

 僕のイメージする学校の形が、そのまま通じるとは、あまり思えなかった。

 何も言われずにその日になって、唐突に課題を渡されかねない。


「うぅん、それこそ、何かの仕事をやってみて、上級生の知り合いを作って、その先輩に聞くのが良いんじゃないかな」

 僕がシールロット先輩に聞く事もできるけれど、それで凌げるのは今回だけだから、やっぱりクレイには、アルバイトを勧める。

 この魔法学校に滞在する期間は長いのだから、目先だけじゃなくて、もう少し先を見れる目も、必要だ。


 そこから暫く、クレイは考え込んで、教室に辿り着き、席についても、まだ何かを悩んでた。

 僕はもう口を挟まず、彼の結論を黙って待つ。

 見知らぬ上級生と縁を繋ぐのは、そりゃあ勇気は要るだろう。

 しかも仕事を受けるのだ。

 自分に務まるかと、不安にだってなる。


 やってみれば意外とどうにかなる事でも、やってみるまではそれがわからない。

 迷って悩んで考えこんで、自分で勇気を振り絞るしかなった。


 やがて、もうそろそろ次の授業、一般教養のヴォード先生が教室にやってくる時間になった頃、

「そうだね。うん、仕事、やってみるよ。ただ、何をしたらいいかわからないからさ。悪いんだけれど、一緒に選んでくれないかな」

 不意に、クレイは僕を振り返って、そう言う。

 もちろん僕は、彼に笑って頷く。

 悪い事なんて、何もない。

 

「いいよ。今日の授業が終わった後ならね。但し、お金が稼げたら、どこかで一日、王都で遊ぶのに付き合って貰うよ」

 僕がそう言葉を返せば、クレイもニヤッと、笑みを浮かべた。

 彼だって理由があれば、状況が許せば、王都で遊ぶ事に、興味がない訳じゃないから。

 優等生にだってたまの息抜きくらいは、許されるべきだろう。


 机の上で、シャムがニャアと一つ鳴く。

 まるで僕を、よくやったと褒めてるみたいに。

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