第43話「神様の運命」
光の柱となり、海面から立ち昇る輝き。オロチの体が泡のようになり、徐々に消えていく。私はただ、その光景を眺めていた。戻って来たみんなと、海岸沿いで肩を並べて。
雲が逃げるように晴れいく空。それは暖かい陽の光が、眩しいほどに差し込んできて、空を見上げるオオクニヌシを照らした。
私の横で伏せている、白い柴犬に戻ったアマコは遠い目で。瞳が潤んでいるような、そんな眼差しで。私の心にも伝わるよ、アマコの気持ち。だってほら―――あの神様、笑ってるから。懐かしむような声で、過去を回想するような様子で、その神様はボヤいた。
『あたたかいな……2年ぶりに陽の光を浴びて―――やはり、良いものだな。太陽とは』
白い大蛇の体から、紅いドロドロが出てきては、美しい霧となり浄化されていく。今まで食らった念や射手達と共に、消えていく体。
「オオクニヌシさん」
『なんだ小娘……いや、弥生か』
「どうしてこんな事をしたの? ほんとは、何か違う理由があるんじゃないの?」
《あるじさま………》
オオクニヌシは消えていく身体をうねらせ、私に顔を近付けた。その緑色の目は、ゆらゆらと輝いていた。
『これは。とてつもなくワガママな神様のお話だ。その方は日々を苦悩し、生まれ変わりたいとぼやいておった。……なぜか、叶えてやりと思った』
「そのために、現世の世に災いを降り注いだの?」
『そうだ、我のワガママでな。だが案ずるな。あの時、現世の世から去ったもの達はみな新しい道を歩むべく旅立つ。我が使い魔に喰われた者達もだ。……両親に会ったのだろう?』
「それは……そうだけど……」
神によって振り回された、運命というワガママなの? とんでもなく身勝手な理由で、許せない……ううん。許すとかじゃない。
すると、オオクニヌシの体から分離した、紅いドロドロが2つ、私の目の前に飛んできた。それは人の形になって、光輝きはじめた。
その念の声が―――聴こえた。
《やよい〜そうクヨクヨしないで。私はこれで良かったと思ってる〜》
《うちも現実世界から消えたけど、これはチャンスなのよ! チャンスぅ!》
みんな―――あの時の、友達だった。
「みんなはそれで良かったの?」
《しょうがないね〜。でもおかげで転生出来ちゃうんだって〜。だからさ、新しい人生を歩むとするよ〜》
《うちも転生したら何になるかな。今回は特別に、好きなの選べるんだってさ!》
「そっか………また、会えるかな?」
《あえるんじゃない? ま、首を長くして、やよいも今を楽しみなよ〜》
《そのうち遊びにいくね! またね、弥生っピ!》
友達の念はやがて泡となり、空へとのぼっていった。その後ろ姿を見送って……。生まれ変われるから、それで良いやなんて……でも、それで良かったと思えるなら。
『弥生の友達は愉快で楽しかったぞ、面白い友を持ったな』
「オオクニヌシさん……私は……」
『忘れるな、過去を支えてくれた人がいたからこそ、今のお前があるのだ。大事なのはこれから歩もうとするその先であろう。咲けば枯れない花などない、だがそれは再び種となり、時を過ごしまた咲き誇るのだ。だがお前はどうだ? 時という種を失った変わりに、得たものはあるのか?』
「得たもの……それって――――」
やがて大蛇の姿は蜃気楼のように消えかけ、その緑色の瞳は細くなり、微笑んだ。
『その気持ちは、何よりも価値があるものだ、胸に秘めておけ。それと、身勝手な事を申すが、どうか我が暗く染めたこの世を照らしやってほしい。頼んだぞ、朝倉弥生―――いや、神楽の巫女よ――――――』
消えていく――――空へと、陽の光に照らされて、キラキラと。
私はムスっとしてアマコのほうを睨んだ、ほっんとワガママな神様だったんだね!
アマコはその場に伏せると、パタパタと白い尻尾を振った。
「もう!! これからはワガママ言わないで!!」
「わんわん!」
アマコを睨んでいたら、声がした。
「やよい」
その声に振り向くと―――艷やかな紺色の髪をなびかせる人影。赤い巫女服の紗雪さんが、少し離れた場所から、道路を歩いてきていた。
「さゆきさん! よかった〜」
私は少し駆け足で、赤い袴の裾を持ち上げるようにして、紗雪さんのほうに駆け寄った。嬉しくて、心がとっても軽くなった気がして。
紗雪さんが右手を差し出す。おもわずその手を握ると、急にグイっと引っ張られて。
「あわわ———!?」
「よかった……生きてるわね。私たち」
「さゆき……さん………」
紺色の髪が目先にあって、鼻を啜る音がして。だから私も、ギュッとその身体を抱きしめて、目を閉じた。紗雪さん……あったかい。
暖かな風が吹く―――目を開けて。その場からゆっくりと離れた。
「ねぇ、あれ」
「へ?」
振り向くと、その場を祝福するかのように、水面を反射した陽の光がキラキラと、輝いているかのように思えた。海岸沿いにはチョコんと座る白いキツネの神様と、白い柴犬の神様の背中があって。青い海を渡っていく光の玉を見送っていた。
それを背にして、こっちに歩いてくる神谷さん夫婦は仲良さそうで。渋い亮介さんの隣を、お淑やかに歩くのは、狐色のポニーテールを揺らす美人な人。
「ゆり子、なぜここで手を繋ぐ………」
「ふふふ、いいじゃない別に。いつも繋いでるでしょ?」
「フン………そうだな」
王子様のように微笑みながらも、困り果てる様子の周さんの隣では、無邪気に照れ笑うお姉様がとっても素敵で。
水無瀬さん夫婦も、じゃれ合っていた。
「なあ周〜たまにはこういうのも、悪くないなぁ!!」
「だからって……なんでおんぶなんですか?」
「疲れた~~歩けな〜い」
星城さんは金色の巻き髪を、指でクルクルとしながら一人寂しそうにしてたけど、白いおウマさんが気をつかってか、鼻息を噴射してます。あはは。
「わたくしわ……わたくし———わぁぁぁ!?」
「ブラアァ!! 俺の身体を使えぇ!!」
「イヤーー! 鼻息が―――ちょ、それは嫌ですわぁ~~!!」
空は晴れて澄んでいるのに、私まで照れてしまうかのようなその光景に、羨ましさを感じて。
そんな気持ちを胸に抱えながらも、少し離れた先まで進んだ紗雪さんは立ち止まり、こっちへと振り向いた。
紺色の髪をかき撫でるその姿が———うん、クールな先輩です。
「さぁ、私たちも帰りましょう」
「はい!」
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