第42話「5人の射手」

 ドドドっと地面を叩き蹴るような音が鳴った方向から、海岸沿いの道路を駆けてくる、馬に乗った人達。黒い袴姿の射手が3人、赤い袴姿の射手が1人。黒い袴姿の射手守が2人だった。

 皆は馬から降りると、私の横へと立ち並び、海岸越しに白い大蛇を見上げた。


「あの蛇、前よりも大きくなってませんこと?」

「確かに大きいわね〜」

「そうだねぇ、正直今のあたい達で、どこまで戦えるのか想像もつかないねぇ」


 赤い巫女服姿の紗雪さんは、私が弓や矢を持っていない事に何かを察してくれたのか、心配そうに声をかけてくれました。


「もう、大丈夫です!」

「……そう? ならいいけど。弥生のおかげで肩の傷は完治したけど、あの蛇は私1人でどうにかできる相手じゃないわ」


 その時、アマコの身体が白く輝き、紅い模様が浮かんだ。座っていたキツネ姿のミコト様や、シカの姿に戻ったサンジョ様、他の神様たちも、白い動物姿で身体を光らせる。

 私の脳裏にアマコの声が響いた。


《希望を託しますよ、射手達の弓に。繋ぐのです、想いを―――》


『弓の道を歩みし者達よ、妾は天を統治する大神、アマテラス。一時的ではありますが、日神の力をそなたら射手に委ねます。道を―――5人で切り開くのです―――』


 優しい女の人の声で、アマテラス様は白狼の姿でささやいた。浅緑に染まった風が吹く―――。

 神様達が宙に浮かんでいく、みんな優しそうな表情で。私も皆も、その様子に視線が釘付けになった。


『そうじゃの。あとは若いもんにまかせるとするかの〜。年寄り共は援護隊じゃ』

『ブラアァ! おいお前ら、こいつらをパワーアップさせるぞ!』

『イチキ〜、寝るならもう少しあとだよ〜』

『………………うん』

『それでは、某らもアマテラス様と共に、力の継承を――――』


 私達の身体は光に包まれ、徐々に宙に浮いていく―――亮介さんや周さんは、見上げる様に私たちを眺めていた。


「おやおや、どうやら僕たちは応援隊のようですよ。亮介さん」

「フン。最後ぐらい花をもたせてやる」


 その言葉に、私達はうなずいた。神様達がそれぞれ輝き、その力を一箇所に集める。やがてそれは温かい陽光となり、私達を包みこんだ。

 天から差し込む日の光に、翼を授かったかのように、身体が軽くなっていく―――。


『『神楽を越えし太陽の加護よ。今我らが願いを、5人の射手達へ!!』』 


 あたりを包んでいた陽射しが、晴れ渡った。

 お姉様も、星城さんも、ゆり子さんも、紗雪さんも―――きれい……ううん、カッコいいです!


 純白の装束に、墨色の袴がなびいて。

 白い胸当てに、白い足袋。

 左手には――――背丈より長い和弓を。

 右手には――――茶色いゆがけを。


 みんなの姿を眺めて。なんだか、みんなウキウキしてます!

 

「いいねぇ。あたいの弓道魂がウズウズするなあ! 大前おおまえはあたいだよ!」

「それでは二的にてきはわたくしが。磨いたこの弓術を、お魅せしますわ!」

「じゃあなかはわたしね~。おいしいポジションは紗雪にまかせるわ~」

落前おちまえね、わかったわ。弥生にプレッシャーを与えてあげるわ」

「うわぁ! 大落おちなんてやった事ないのに~。でも……絶対あてるよ!」


 ふわりと体が宙に浮いて、足首まである袴が揺らぐ。右手には白い矢が1本。

 矢数は全部で5本。最初で最後の一本勝負―――負けない気持ちを抱えて、オロチと対峙した。


『我は中間世界を総べる大神。その希望、絶望へと変えてくれる―――来るがよい、時を捨て、弓の道を選びし射手共よ』


大国主神オオクニヌシノカミ】その距離まで、1000メートル。


『ワオオオオ――――――ン―――』


 追い風が吹いた―――大事な1本を右手に握りしめて、私は左手に持つ和弓をギュッと握って、空を疾走していく。

 5人はそろって―――そらを駆けてゆく!!


「みんなと―――風をきるんだ!!」


 その距離まで、あと900メートルです!


『滅せよ!!』


 肩まで伸びた黒髪がなびいて―――勢いよく突進していく人影。

 オロチの咆哮―――同時に蛇行する黒煙が放たれる、その数は2つ。黒煙は剣のような形へと変異し、先頭を突っ切る水無瀬お姉さまを切り裂こうと飛んでくる。―――力声。


「はあああぁぁぁ――――!!」


 お姉様は弓を振るいながら、黒煙の間をすり抜けていき、矢をつがえた和弓を構えた。ギラりと輝く―――赤色のメッシュ。


「大前は、誰よりも早く、的にあてるのが仕事だあぁぁ――――そらああぁ!」


 打起しと同時に反り返る和弓、お姉様の矢は赤く染まり、その矢尻には紅蓮の渦をまとう―――。

 バッシュン――――――目で追えない矢勢。炎の一線が、大気を燃やし風をきる―――1中。


『おのれ―――おのれぇぇぇぇぇ』

「大前の仕事はしたよ! 金髪の嬢ちゃん、思いっきり、射てえぇぇぇ―――――」

「このような舞台で2的を努めれたこと、光栄におもいますわ!! 繋げます―――この一射を―――」


 その距離まで、あと700メートルです!


『キサマらに、なにがわかる―――小賢しい人間があああ!』

「オーホッホッホ! 乙女とは、優雅な生き物でしてよ!!」


 オロチは身体を蛇行させ、身体から黒い槍を銃のように乱射。そこに2つの影が前に飛び出した―――星城さんを守るように、2本の和弓は弧を描き、槍を弾く。


「腹黒いゆり子より、あたいのが強い! そらあぁぁ―――」

「あらあら、酷い言われようじゃないかしら? まぁいいわ―――」


 2人の後方では、星城さんは弓を反らし―――伸び合う――矢は蒼く染まり、離れ―――星城さんは叫んだ。


「必殺、アイス・アローですわ!」

「そう、つまり氷の矢ね。そうでしょ、弥生?」

「え? あ、はい!」


 氷の結晶が散るような軌跡。大気を凍らせているかのような蒼い一線。唸るような蛇の咆哮―――オロチを捉えた―――2連中。


『我が蛇神よ―――やつらを喰い千切れぇ!!』


 大蛇のたもと、海中から表れた3匹の大蛇。影が這うように黒い身体を蛇行させ、接近してくる。


「あとは任せましたわ、オーホッホッホ!」

「中、神谷ゆり子。必ず繋げます―――」


 その距離まで、あと500メートルです!


 バシュン―――バシュン、バシュン―――――。這う蛇を射ち抜く、複数の光の一線。視線を動かすと、アマコが海を駆ける姿と、その背に乗ったミコト様だった。やっぱり超絶美男子です!


『やはりきついの……もう力が残っとらんわ』

「ふふふ。ミコトっち、老いたわね」

『……まぁの。心は若いんじゃがの』


 ゆり子さんのポニーテールが、重力に逆らうかのように引っ張られて―――そのまま弓構えからの、会。矢に宿る金色の輝きは、雷。それは和弓から飛び出し、稲妻のように飛んでいく―――放電するかのような軌跡。

 オロチの体を貫き――3連中。悶える蛇の咆哮が轟く。


「ああ―――体が痺れて。この感覚はまるで……ごめんなさい、後は頼んだわ〜」

「ええ。落前ね―――そう、これは大将に繋ぐための一射!!」


 その距離、あと300メートルです!


『そうか……そうなのだな』


 オロチはその身体を、まるでムチのようにしならせる。暴れ狂うように―――咆哮。広範囲を覆う、漆黒の霧。 

 それをものともせず、紗雪さんは弓構えながらも突っ込んでいく。


「そう。毒かしら? でも関係ないわ」

「さ、紗雪さん!?」


 紗雪さんは弓を打ち起こし、体と矢を平行に。和弓が勢いよく反り返り――――引き分け――会。矢に宿るは緑の風、旋風。紺色の髪をなびかせ―――離れ。螺旋する矢風は、大気を鮮やかに彩り、霧は散る。


「外したら怒るわよ、弥生」


 オロチの霧は、紗雪さんを覆った―――4連中。脳裏に響く、アマコの声。


《弥生、今は前を見るのです。紗雪はミコトが支えます。あの霧は妾が振り払います、私の背に乗ってください》


 私は右手に持っていた矢を弓に番え、同時にポフンとアマコの背中に乗った。輝くアマコの体毛、浮き出た紅い模様。繋がなきゃ―――――深呼吸。


『クオオオオオ――――――――ン―――』


 大神まで―――残り200メートル。


『やはり、人を照らすか……それは太陽神だからか?』

『いいえ、違います』


 目の前に広がる霧―――私の周囲には風の鎧、陽の盾。私はアマコに乗ったまま、黒い霧を突き進む。暗闇をかき分けるかのような感覚……。手の内を作り、右手を弦に添え、取懸ける。


『アマテラス様……なぜまた人を照らすのですか?』

運命うんめい、神として定められた道に……再び抗うためです』


 和弓を左手斜め前に構えて、一呼吸。


『我は、間違っていたのでしょうか?』

『いいえ……そなたの心は伝わっていますよ。ですが、これは妾が背負う運命さだめなのです』


 弓を持ち上げて―――打起し。


『こんなにも―――いまいましいのに……アマテラス様が背負う運命さだめは、変えれたのでしょうか?』

『妾が昔、各地を旅していたときでさえ感じれなかった事があります。もしソナタがそれに魅入られたのならば……その行動は神として愚かとしか言いようがありません』


 弦を引き、弓を降ろしていく―――右頬に矢を添えて、会。


『愚かであるとしても、我は後悔しておりません。今の我が背負うものは……受け入れます』

『そうです、道は選べます。どう歩むかはそれぞれ。ただ妾達は神として、人の想いを受けとめなければなりません。理不尽ですよね? ですがそれは神々として定められた運命うんめい。……感謝してますよ』


 狙う――――狙って。陽の光が矢に宿り、反り返る和弓も穏やかに灯る。視界がぼやけて……どうして?

 矢を介して伝わるのは温かな気持ちなのに。それは心をいっぱいにして、溢れていくのに。


(なのに、なのに………どうして涙が出るのかな?)


 伸び合う―――左右の力を矢の延長線へ。放て―――退魔の矢を。―――離れ。

 キイイン――――――――バシュン。


 それは雲った大気をかきわけて。真っ直ぐと進んでいく。矢風が鳴り、軌跡は灯火のように。辛い過去を振り払う、希望の光のはずなのに。

 残心―――オロチの白い身体を貫いた瞬間、なにかを悟ったかのように、その神様はぼやいた。見下ろすような眼差しと、その声にこもる感情が伝わってきて、とっても温かな気持ちで。

 アマコはオオクニと同じ目線の高さまで浮き上がると、その瞳を見つめた。


『我も……弓道家を志ざせば良かったのでしょうか? アマテラスさま……』

『今からでも遅くありません。もし弓を学びたいなら、出直せばよいのです。黄泉の国でも………もし弓を志ざすなら、教えてあげますよ?』


 頭上の雲が散り、そこから陽の光が差し込んだ。オオクニヌシを貫いた矢は、白い霧となり、空中に飛散していく。

 それはまるで、淡い夢のように。




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