星が透く
小狸
短編
夜空を見ていた。
空はどこにでも誰とでも繋がっていると、人は言うけれど。
一人ぼっちの空ほど、寂しいものはない。
私は一人、家から抜け出していた。
父と母が、喧嘩を始めたのである。
それは、
そもそも、両親が二人揃っている中で、仲が良かったところを見たことが無い。
いつも何かが食い違い、いつもどこかが壊れていた。
そんな家族だった。
今日は特に酷かったように思う。
議題は、弟についてだった。
弟は、小学校からいじめを受けて、中学は不登校になり、今は部屋に引き籠ってゲームをしているか寝ている。
私も高校に入学してからは忙しくなったので、ここ一年くらいは直接顔を見ていない。
両親は、そんなストレスを、しばし私にぶつける。
母が
誰も追ってこなかったのが、嬉しくもあり、少し寂しかった。
まあ、気が付かなかったのだろう。
母は、診断こそされていないけれど、若干注意欠陥の気がある人である。
ママ友の中でそう噂されていたのを、友達伝いで聞いたことがある。そして父は、そんな母が「ちゃんと」していないことに怒りを抱いている。分かりやすい亭主関白である。父は大黒柱として仕事をし、母は家庭を守るべき。なのにどうして弟は不登校になっているのか、「ちゃんと」した家族になっていないのか、と、語気を荒げて言う。
食い違い、どころじゃないな、これじゃあ。
ちゃんとしろと言う俯瞰的な父親と、渦中でマルチタスクのこなせない癇癪でしか自己表現のできない母親。
どうして二人は結婚したんだろうな、と、しばし思うことがある。
結婚して、子どもを産もうと思ったのだろうか。
少なくとも、私は愛されて産まれた、のだよね?
もう、分かんないや。
どうでも良い。
私は一人、自転車に乗って、夜道を駆ける。
こんな時に行く場所は決まっていた。
家からやや遠いけれど、少し高台にあり、景色を阻むものが何もない。元々片田舎の街なので、少し団地から外に出れば、闇に包まれている。
高台は、丘のように盛り上がっていて、申し訳程度に芝生がある。
近くのアスファルトの境界線あたりに自転車を停めて、その丘の上に、腰を下ろした。
そう。
ここは、この街で一番、星が綺麗に見える場所。
私しか知らない、秘密の場所である。
両親の喧嘩が激化するにつれ、私は夜、外に出る機会が増えた。
いっそのことその時に補導でもされれば良かったと、今なら思う。
そのまま私は、天空の星々に手を伸ばす。
「綺麗」
そう思った。そう言った。
手は星には届かなかった。当たり前である。星は光の速さでも何年も掛かるような距離にある。
今見えている星も、もうその場所では消滅しているかもしれない。
理科の先生からその話と聞いた時、なんて儚いのだろうと思った。
私が家庭内のいざこざに巻き込まれて、定期的にプチ家出を敢行することなど、大自然の摂理の前では何でもない、ほんの小さなことなのかもしれない。
母の癇癪も、父の亭主関白も、些細なことなのかもしれない。
それでも――私は。
私は、どうなるんだろうな。
いつか図書館で、読んだ項目である。
『機能不全家族で育った子どもが大人になったら』という。
機能不全家族、とは、間違いなく私の家族のことだろう。父は自分のことだけを、母は弟のことだけを考えている――私の居場所は、どこにもない。
私は動悸を隠しながら、次の頁へと読み進めた。
アダルトチルドレン。
モラトリアム人間。
幸福感の欠如。
自己肯定感の低下。
そんな用語が、ずかずかと、私の心を土足で踏み荒らした。
ひょっとしたら、そういう風な言葉で定義付けされることを、嬉しいと思える人もいるかもしれない。しかし私は、そうではなかった。
それを読み終えた後で、私は思った。
思い至って、しまった。
あ、そっか。
私はもう、皆と同じには、なれないんだ。
もうどうしようもない所に、生まれてしまったんだ。
初めから壊れてるんだ。
図書館からの帰路、いつもとは違う道を自転車で駆け抜けながら、私は泣いた。
そして、今。
私の視界に収まりきらない程の夜空が、世界に存在している。
でも、そんな空も、見た通りになっている訳ではない。
前にも言った通り、地球と信じられないくらいに距離があるのだ。
星と私では、「今」が違うのだ。
だったら。
両手を広げて、脱力しながら、満天の夜空を身体で感じながら。
私は思う。
星から見た私は、ちゃんと輝いているだろうか。
ちゃんと、そこにあるのだろうか。
私の、これまでと。
私の、これから先。
ねえ。
教えてよ。
私は、どう映っているの。
私は、幸せになれるのかな。
気が付いたら私は、涙を流していた。
パーカーの袖で拭った。
そろそろ喧嘩も落ち着いてくる頃合いだろう。
家に帰ろうと、私は思った。
(「星が
星が透く 小狸 @segen_gen
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