呪殺聖女が死ぬまで

辺理可付加

サルビアの手記

        ──ヴィオレッタ没後20年祭に寄せて──











「『呪殺聖女じゅさつせいじょ』が来るってよ!」


 誰かがそう叫ぶのを広場の隅っこで聞いた。


「いつだ!?」

「明日の朝くらいだと」

「街に入れるな!」

「そりゃムリだ! 国王発行の旅券を持ってやがる!」

「それは失効したとか、してないとか」

「いいか!? 誰も家から出るんじゃないぞ!?」


 大人たちは右往左往。昼間から店じまいされていく街を、私はと眺めた。






 翌朝。まだ朝焼けの、朝露が残る中。

 街の城門が騒がしくなった。


 彼女が来たのである。


 広場の隅で目覚め、噴水で顔を洗う。

 衛兵たちはすぐに静かになった。悶着は起きなかったらしい。






 まだ冷え込む広場で縮んでいると。

 薄汚いローブの塊が、貧相な杖をつきながら現れた。体躯は低く細い。当時8つの私と比べて年上だろう程度。

 それがリュックを背負っているので、腰が曲がった老人のようなシルエット。



 呪殺の女王というより、うだつの上がらない死神



 それが初めて目にした呪殺聖女の姿であり、二度目の第一印象だった。



 ジロジロ眺めていると向こうも気付いたらしい。こちらへ歩み寄るとフードを少し上げ、私の顔を覗き込む。


「おはようございます。少しお聞きしてもよろしいですか?」


 やはり、そう年の変わらなさそうな少女。

『聖女』にしては大人っぽさがなく、フードに納まる長さの茶髪。眠たそうな顔。

 思わず


「人違い?」

「えっ? 誰が誰と?」


 声に出てしまったほど。

 声といえば向こうも若くて、柔和で、息が多めの儚げな感じ。ちょっと慌てたこともあって、三流死神にすら思えなくなった。


「それよりお尋ねしたいんですが」

「どうぞ」

「市場は何時から開きますか?」


 相手は呪殺聖女。「祝日で終日」とか穏便に誤魔化すべきなのだろうけど、私はつくろわなかった。

「じゃあ一泊して明日」になるとみんな困るだろうから。


 何より当時の私は、傷心からどうでもよくなっていたから。


「今日は誰もお店をやりませんよ。あなたが来ると聞いて、みんな閉じこもってしまいました」

「あー」


 どう見ても10代前半という年頃。だというのに彼女は、怒りも悲しみもしなかった。


「そうですか、分かりました。迷惑をおかけしまして。街の人にも、よろしくお詫びください」


 慣れっこの様子。辺境の小さな街にも名が知れているのだ。各地で同じ経験をしているのだろう。


「あ、そうだ。次の街までどれくらいかかります?」

「子どもの足だと、休憩込みで四日するかどうか」

「大人だと?」

「子どもが聞いてどうするんです?」

17大人なんですが?」

「体躯が子どもなら子どもの歩幅でしょう」

「あっ、はい。教えてくださり、ありがとうございます」


 しょげながらも丁寧に頭を下げる姿は、確かに少し聖女っぽい。育ちや教養というよりは、人として品があるのだろう。


「あの」


 一転丸まる背中へ、私は声をかけた。


「はい?」

「買い物に来られたんですよね? あと『たまにはベッドで寝たい』とか」

「一字一句そのとおりですよ」


 半身で振り返ったまま小さく頷く彼女。


「よかったら泊まっていきませんか? 食料も持っていってかまいません」

「え? よろしいんですか?」


 驚くのも無理はなかったろう。街全体がアウェーなのだから。

 だが私も、同情して好意を向けたわけではない。


「その代わりお願いがあるんです」

「なんでしょう」


 私には私の目的があったのだ。



「おちになる時、私を呪殺してほしいのです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る