異世界ギルドに都市伝説の依頼がくるのでどうにかして!

碧美安紗奈

依頼1 口裂け女討伐

都市伝説をどうにかして!

 近頃の冒険者ギルドはおかしい。いや、この世界アルテイルのどこにでもある、魔精ダイモン退治の依頼を中心に請け負う職業たる冒険者たちが集う場所としては、ありふれている。

 喫茶店のような店内の壁一面。掲示板を埋め尽くすように貼り付けられているそうした依頼書たちまでは、いつもと同じだ。

 違うのはその一部内容である。


「店員さん」

 掲示板を吟味する老若男女のうち、バンダナに布製鎧クロスアーマー長剣ロングソードを背負った十代後半ほどの好奇心旺盛そうな少年が尋ねる。

「この〝口裂け女〟っていう魔精、なに?」


 示されたのは、『境界の森に出没する魔精〝口裂け女〟討伐』という依頼書だった。


 途端、ひそひそとしゃべっていた客たちが静まる。

 近くのカウンターにいる、美人で尖った耳を持つ洗練された制服姿のエルフ族たる女性店員が首を捻って答えた。


「さあ?」


 掲示板前の客たちはずっこけそうになる。

 ややあって、最初の少年以外も騒ぎだした。


「お、おれも気になってたけど、堂々と掲げられてるから有名な新種かなあと」

「でも店員さんも知らないならそれはないわね」

「変なのはそこだけじゃないよな?」

「え? な、なんかおかしいとこあったかな」


 ここは、人類全体と敵対する魔精種族のおう、魔精皇が支配するダイモン皇国こうこくに最も近い人族の街〝マンハット〟。魔精軍との最前線でもあり、世界最強クラス百戦錬磨の冒険者たちが集うギルドだった。故に、みんな無知だと思われたくなくてしらばっくれていたらしい。


 なのに、最初の少年だけが無遠慮に指摘する。

「他にも知らない魔精ばっかだな。〝くねくね〟、〝八尺様はっしゃくさま〟、〝ニンゲン〟。……ニンゲンって、人族ヒューマンじゃないよね?」


 他の客たちの注目が再びカウンターに向く。

 店員は、肩を竦めて両手の平を顔の横で水平に上にした。

「さっぱりわかんない」


 冒険者たちは苦情を述べる。

「なんだよそれ!」

「誰も知らない魔精退治なんて、受けようがないだろ!?」

 いちおう依頼書には対象の絵と説明も添えてあるが、新種となればどれだけ当てになるかもわからない。


「うっさいわね」

 定員はカウンターテーブルを叩いて逆ギレした。

「今んとこ、ここはまだ新種の魔精っぽいだけマシよ! 水晶通信で他のギルドと交信したら、世界中でもっと意味不明な事物が出現してんだから。西方じゃ〝グレイ〟とかいう飛行する鉄に乗った魔精が出たり、東方じゃ〝きさらぎ駅〟とかいう変な場所への転移とか起きてんのよ! 何がなんだかまだみんな把握しかねてんの!!」


 あまりの気迫と伝えられた異常事態に一瞬しんとした室内。真っ先に疑問を述べたのは、やはり最初の少年だ。

「そりゃ妙だろ」

 彼は、カウンターに歩み寄りながら訊く。

「どうして、未知の事物に名前がついてんだよ。本人が名乗ることもあるし人類が命名することもあるが、仕事が早すぎじゃないかな」


 店員は、だるそうに掲示板を指先と目顔で示す。

「勝手に増えんのよ!」


 そこで、冒険者たちは全員目撃した。

 まさしく掲示板の空いたスペースに魔法陣が出現、召喚されるように新たな依頼書が貼り出されたのである。


 呆気にとられる人々の中で、店員のみが目前の少年に問うた。

「ところで、あんたこそ見ない顔だけど。誰よ?」


 あまり驚いた様子もなく、少年はカウンターに顔を戻して名乗った。

「おれはタダロウ・ミノセ。勇者だよ」

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