小さな神様が見た夢

蒼色みくる

第1話

8月、蝉の鳴き声も悲鳴に聞こえる程の暑さ。

騒騒しい街を抜けた先にある森を、今日も一人走っていた。

この森は人がなかなか入らないせいか、草花は生い茂り木は伸び放題。

それが良き影となり、ひんやりとした風が吹き抜けるので心地が良い。

蝉の忌々しさを除けば、最高の場所である。


俺の名は、因幡いなば満みちるという。

齢は19。性別は男。

特にずば抜けた才能があるわけでもないが、何も出来ない訳じゃない。

そう、普通の人間だ。




……妖が見える事以外は





俺は今、確かに走っている。だがそれは健康を維持するだの痩せる為だのそんな目的ではない。

巨大な妖から、全力で逃げている。

所々から飛び出る木の根に躓きそうになりながらも、後ろを振り向く暇もなく走り続ける

もう幾時走ったかもわからない。ただ、捕まったら最後ということは解っていたから止まるわけにもいかない。


物心ついた時から、俺には霊が見えていた。

幼き頃に見ていたのはまだ大人しい霊。害を加えるわけでも、かといって良き行いをするわけでもなく、唯そこに佇んでいるだけだった。

それが、十四を過ぎた頃からだろうか?

急に、攻撃的な霊が増えてきた。

一度だけ捕らえられたことがあるが、その時は腹痛を起こしその後熱で一週間寝込んだ。

それから五年、霊は更に凶悪になっているということは安易に想像できる。

除霊などは使えない、お祓いも効かない。結果、こうして逃げることしか出来ずにいた。


このような体験をするようになってから、妖怪の類には幾らか詳しくなった。というよりはなってしまった。

今、俺の後をつけてきているのは土蜘蛛。

鳴き声が聞こえた時に引き返せばよかった、こいつには何度も追いかけられている。

つかまったら最後、糸でぐるぐる巻かれた後食われてしまう(と、言われている)のだから油断はできない

それにもう一つ、兎に角見た目が気味悪い……!俺は虫の類は苦手なんだ……!


悲鳴もあげれずに只管走っていると、少し雰囲気の違う場所に辿り着いた。どうやら随分と奥に来てしまったらしい。

もう霊の足音は聞こえない。なんとか振り切ったようだ……

しかし、ここは何処だろうか。

こんなに奥まで来たことはなかった。初めて見る草花に戸惑いを覚える。

右へと顔を向けた時、ある物が目に入り驚いた。



…………鳥居?

こんな所に神社があるのか?

赤色だったであろうそれは、とっくに茶色く錆びて苔が這っていた。

今にも倒れそうなほど傾いているが、そこからは何故か生気を感じる。


人間とは、怖い物ほど見たくなるのだ。

まだ何かが宿っているかもしれない。

鳥居の前で一礼して、神の通り路ではない端を潜る。

少し屈まないと頭をぶつけてしまうほどに沈んだ鳥居をくぐり抜けると、そこは……



「…………森だな」


先程と何も変わらない風景が広がっていた。

期待してた分少し恥ずかしく、顔が赤くなるのがわかる。

こんな森奥じゃ人は見てなかっただろうが……



引き返そうとしたその時だった。

遠くで捉えた微かな音。

先ほどまでは全く聞こえなかったが、耳を澄ませば風の音に乗って俺の耳に届いてきている。

これは……笛?

やはり誰かがいたというのか、それともまた妖怪か?笛を吹く妖怪、なんてのは今まであったことは無い

気味が悪かった。すぐに帰ろうとも思った。

しかし、それは許されなかった


「…………足が、動かない」

力を幾ら込めようともピクリともしない。

其れどころか、自分の進みたい方向とは真逆へと勝手に歩みだしてしまった。


「……!ちょ、ちょっと待て……っ!」


珍しく大声を出して静止しようとも止まってはくれず、足はまるで切り離されたかのように進んでいく。

抗うこともできず、ふと先ほどより笛の音が大きくなっていることに気付いた。

やはり何か妖の類だったのか。なんとか逃げ出す機会を伺って後で調べなければ……

といっても全く逃げ出せそうにもないのだが


音はどんどんと大きくなる

それにつれ俺の心拍数もあがり、冷や汗をかく

やがて足は止まったが、笛は真上で鳴っている位の音量になった

ここまで来たら、姿を見る他ない。

目を合わせては行けない類かもしれないから、ゆっくりと顔をあげよう。

隙をついて逃げればきっといける、と信じたい

恐る恐る目線を上にする。


木の幹が見える。

それは太く、何千年もそこに佇んでいたのだろう。

その幹にはこれまた太い注連縄がついていて、鳥居と同じ様に色はくすみ苔が這っている。


もう少し上、そこには人の足が見えた。

まるで死人のような白い足に一本歯の下駄。

笛の拍子に合わせて前後に揺れていた


それよりも更に上、その人は巫女服のようなものを着ていた。

白の着物に赤い袴。風でなびく雪のような白さの髪も見えた。


ここまで来ては戻れない。

笛の根源は、その人間だった。

目を閉じて、気持ちよさそうに風を受けながら吹いていたのは神楽笛。

俺から見て左側の目は包帯で隠れてはいたが、睫毛も白くて……なんというか、すごく美しかった

体格的に男だろうからそんなことは言いたくないが。



だが、男からは生気を一切感じとれない…………まさか、こいつも妖怪だというのか?

化け狐か?はたまた狸か?この見た目で山姥、白粉婆なんてことも……


ふと、そいつが目を開けた。

そして、しっかりと目が合ってしまった


(まずい)


もう遅い。

基本的に妖の類とは目を合わせてはいけない。

合わせたなら最後、一瞬で呪われるか足を捉えられて喰われるか、魂を抜かれるか……


俺は死を覚悟した。……が、相手も驚いたように固まってしまっている。

そして、体制を崩して


「うわぁっ!?」

…………落下した。

頭から落ちた。結構派手な音したけど大丈夫か。

いたたた……とそいつは後頭部を擦り、もう一度俺に向きあった。

そうして不思議そうな顔をしながら、


「僕が見える?」


と、そう聞いた。

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小さな神様が見た夢 蒼色みくる @mikurukun

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