【BL】桐島
蒼色みくる
ブロローグ
眩い太陽の光が、部屋に差し込む。
カーテンレールの滑る音。雀の鳴き声。朝露に濡れる庭の花。その全てが心地の良い朝を演出し、寝起きの脳に刺激を送る。
今日も素晴らしい一日になりそうね、なんて平凡な事を呟いた私は、ソファーの端にかけておいたエプロンを手に取り身に付けた。
4月。部屋の中は少し冷えているが、光に当てられていたピンクのデニム生地からは太陽のぬくもりを感じた。胸元にクマのプリントがあしらわれ、その下に「MAMA」と刺繍が入っている。これは愛しい家族がプレゼントしてくれたものだ。クマとママをかけた洒落がいかにも子供らしくて可愛いと思う。
背面で器用にリボン結びをしながら、キッチンへ向かう。
今日は平日なので、私も弟達も学校だ。下2人は小学生だからお弁当等は作らなくても良いが、高校生で給食のない自分の分だけは用意しなくては行けない。
その為に朝は毎日余裕を持って起きる。今日はいい天気だから、少し気合いを入れようか。
冷蔵庫の扉を開け、ひんやりとした空気を浴びながら献立を考える。開けっ放しを防止する警報音と共にいいメニューを思いつき、急いで使用する食材を取り出した。牛乳、ベーコン、チーズ、ほうれん草、スイートコーンに食パン……これだけあれば、立派なグラタントーストが出来上がる。
必要な具材を炒め、牛乳と小麦粉でとろみを付ける。3枚の食パンに零さないように盛り付け、余ったグラタンは小さな耐熱カップに入れた。あとは上にチーズをかけて、トースターでこんがり焼くだけ。
焼き上がるのを待つ間に、卵焼きとオニオンスープを作る。
対面型のキッチンからは49インチの薄型テレビが見え、朝の顔としておなじみの年老いたアナウンサーが深刻そうな顔をして原稿を読んでいた。
なにやら近所で誘拐事件が起こったらしい。幼い子供を狙った卑劣な手口に、よく知る顔が頭をよぎったがすぐに消す。アイツは確かに幼児が好きだが、手を出すなんてことはしないはずだ。
ボウルに卵を3つ割り、軽く解く。味付けは砂糖と塩、あとはふわっと仕上げる隠し味として少しだけマヨネーズを加えるのが拘りだ。
料理を始めたての時は上手く焼けなかった卵焼きも、今となっては慣れたものである。形も焼き加減も完璧。
まな板の上に転がし、ホカホカと湯気があがっているまま包丁で切り分ける。3切れだけ弁当箱に入れ、あとは朝ご飯用にお皿に盛り付けた。
スープは最も簡単な料理である。玉ねぎを細切りにして、お湯で煮込むだけ。味付けは最早感覚だ。コンソメ、塩、出汁……どこかが偏っても、玉ねぎの甘みが何とかまとめてくれる。主婦の味方である。
これも自分の分だけスープジャーに入れ、後は蓋をして置いておく。弟達が起きてきたら、また火をつけて温め直すのだ。
さて、そろそろ愛しい家族を起こそうか
火を全て止めたことを確認し、まずは一番下の弟を目覚めさせようとキッチンを出ようとする
……それと同時に階段が軋む音が聞こえた
どんどんと近付いて、最後はドンッと両足同時に着地したような音が聞こえて、すぐにリビングの扉が開く
「おはよう、冬ふゆにぃ」
「おはよう、夏目なつめ。朝ごはんもう出来てるわよ。先に顔洗って」
最初に起きてきたのは、末弟の夏目だ。
夏目はこの春から小学5年生になる。第二次成長期が始まったようで、最近背が急激に伸び始めた。それでも思春期らしい反抗的な態度をとる事はなく、とても素直でいい子に育ってくれたと我ながら誇りに思う。しかし同時に心配でもある。こんなにも素直だと、悪い人に騙されてしまわないだろうか。
「は~い!あ、秋にぃと春にぃは起こした方がいいかな」
「秋人あきひとはそろそろ起きてくるでしょう。春馬はるまは……大丈夫よ、そのうち起きてくるから」
朝ごはんの良い匂いが漂っているというのに、次男と三男は依然起きてくる気配はない。小学6年生になる三男の秋人は、12歳とは思えない程大人びている。最近読んだ漫画の影響で、よくアクセサリーを身に着けたりするようになった。これが『マセてきた』という事なのかと少し寂しくなったが、本人に女っ気は一切なく、ただ『ちょっとワルい男』に憧れているだけのようだ。
そして、次男の春馬は中学二年生だ。……本来ならば。
しかし春馬は、去年の6月頃から学校には行っていない。真新しい制服は数回袖を通された後、ずっと埃を被っている。そして彼は部屋から全く出てこない。時々掃除をしにドアを開けると、いつの間にか購入されていたPCモニターが光る中ですやすやと眠っているのが殆どだ。
今日の朝ごはんも、私達が登校した後に一人でそっと食べるのだろう。それでも後片付けはしっかりとしてくれるから、とても律儀だと思う。
「…………ふぁあ、ねむ……」
「……あら、秋人。おはよう」
「秋にぃおっはよー!」
「…………朝からうるせえな、はよ」
ようやく三男が起床してきたところで、ダイニングテーブルへ朝食を並べ終えた。彩り豊かな食器達を前にし夏目は嬉しそうな声を上げる。
「いただきます!」
家族揃って手を合わせ、それぞれ食事を始める。
聞こえてきたテレビの音声は、先程の重苦しい雰囲気とは打って変わって華やかになっていた。
近所の公園で桜が8分咲きになり、週末には満開になるだろうという内容で、テレビの中のキャスターは現場の状況を嬉々と伝えている。
週末、家族みんなでお花見でも行こうか。お弁当を作って、満開の桜の木の下で笑い合う。どうせなら隣人も誘ってやろうかな……なんて事を考えながら、トーストを齧る。濃厚なホワイトソースとチーズの香りが絡み合い、素晴らしい朝を演出した。
それが、桐島冬璃の日常。
大切な家族と過ごす、かけがえのない日常だ。
【BL】桐島 蒼色みくる @mikurukun
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